あたしはいつものように夕食を取っていた。
そしていつものようにお風呂に入っていた。
いつもと同じように時間がながれていた。
そして、明日からは高校に来てから初めての夏休みになる。
あたしはバスタオルを巻いて、部屋に戻ってきたの。
食事のとき、お父さんもお母さんも、あたしの元気がないことを心配していた。
でもあたしはもともと元気のない子だから、口でいうほど気にかけていると思えなかった。
バスタオルで頭を拭きながら、あたしはパジャマに着替えた。
そして、髪をとかすために、鏡の前に座る。
鏡の中の自分は、上気していて田舎娘みたいだった。
でも、これがあたしなんだ。
おなかに肉がついてて、ほとんどくびれのない身体。
胸なんて申し訳程度にしかない。
短くて太い首。
短くて太い足。
痩せれば少しは見られるかな、って思って、ダイエットしようと思ったこともある。
でも、そう思っただけでストレスがたまって、いつもより余計に食べてしまった。
意思が弱くて、ダイエットも出来なかった。
スポーツも苦手で、走るのも遅かった。
春のスポーツテストでは、走っているところを若原君に見られたくなくて、いつも遠くでテストを受けていたの。
見られるのが恥ずかしかったから。
男女合同の体育のときが1番嫌だった。
身体の弱い友達が倒れたのをいいことに、保健室まで付き添いながら逃げていた。
あたし、臆病だった。
もし10日前に若原君がいなくならなかったとしても、来年クラスが別れてしまったら、きっとあたしは若原君に忘れられてた。
あたしはいつも逃げていたから。
若原君が見えないところへと、いつも逃げていたから。
そうやって1人で自分に沈んでいたその時、あたしは信じられないものを聞いたの。
「平原」
それは若原君の声。
小さかったけれど、その声が若原君のものだって、あたしは確信していた。
でもこの部屋でそれが聞こえるはずがない。
だからすぐにあたしは判っていた。
これはきっと幻聴。
あたしが若原君の事を考え続けていたから。
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