その日あたしは、通知表をもらったあと、クラブに出た。
 それもすぐにおわって、家に帰ってお母さんに通知表を渡したあと、いつものように部屋に入った。
 長い夏休みが始まる。
 若原君がいれば、あたしの夏休みも、少しは楽しかった。
 音楽室の窓からは、グランドがよく見えたから。
 みんなが来る前に音楽室に行って、サッカー部の若原君を見ることも出来たはずなのに。
 でも今、若原君はいない。
 2学期になっても、若原君には会えない。
 10日会わなかっただけで、あたしは若原君に会いたくてしょうがなかった。
 いつも話していた訳じゃないのに、話したことなんて2回しかなかったのに、若原君がいるだけで、あたしはとても楽しかったの。
 見ているだけで楽しかった。
 声が聞こえるだけで、とても幸せだった。
 若原君のいない生活は、平凡を通り越して味気なくさえあった。
 これから40日間、若原君のいない生活の中で、あたしは立ち直れるのだろうか。
 いつか若原君のいない生活に、慣れることが出来るのだろうか。
 そのうちなにもかも忘れて、若原君がいたことすら忘れて、平凡なままに生きてゆくことが出来るのだろうか。
 あたしには出来ない気がしていた。
 あたしは今まで、自分がこんなに若原君を好きだなんて、知らなかった。
 ただ憧れてるだけだって、そう思ってたの。
 もしかしたら、本当に憧れていただけだったのかもしれない。
 でもいなくなってしまったから、あたしの中の想いが、勝手に育ってしまったのかも。
 だとしたらそんなのってない。
 いなくなってしまったから、想いが育ったのだとしたら、育ってしまった気持ちはどこへ行けばいいんだろう。
 それを打ち明けることも出来ない。
 消すことが出来るのかも判らない。
 いっそ消えてしまえばいい。
 そうすればこんなに寂しい想いを味わわなくてもいいのに。
 若原君が帰って来てくれたら…。
 宇宙人にさらわれたのなら、宇宙船を乗っ取って帰ってきて。
 神隠しにあったのなら、神様を騙してでも帰ってきて。
 帰ってきてくれたら、恋人がいてもいい。
 それならたぶん忘れられる。
 あたしみたいな平凡な女の子が、若原君の恋人になれるとは思ってないから。
 若原君にはきっと、明るくて活発な女の子が似合うから。
 もし本当にそんなことになったら、きっと見ているのもつらいだろうけど。
 でもその方が…
 きっと、楽になれる。
次へ
扉へ
トップへ