若原君はクラスの誰にでも話しかけた。
あたしも2回話しかけられた。
1度は教室で、若原君が先生に頼まれてレポートを返してくれたとき。
あたしのレポートを見て、たった一言。
「達筆だね」
って。
あたし何も言えなくてうつむいていた。
顔が熱くなって、赤くなった気がした。
そんな顔を若原君に見られたくなかったの。
もう1回は帰るとき。
昇降口で若原君はあたしを追い越した。
その時に笑顔で言われたの。
「バイバイ、平原さん」
バイバイって言葉に、あたしはなんて答えていいのか判らなかった。
ようやくさよならって言いかけたとき、若原君はもういなくなっていた。
たったそれだけ。
でもあたしには大切な想い出だった。
入学のときに撮った写真を、あたしは広げて見ていた。
1番上の段に、ちょっと緊張した顔で写る若原君。
その1枚しか、あたしの手元にはないの。
写真屋さんで拡大できる事は知ってたけど、この想いを誰かに知られそうで出来なかった。
遠足のときの写真、笑顔で写る若原君をあたしも欲しかった。
でもあたしが若原君を好きだなんて知られたら、クラスのみんなにばかにされそうで…それよりも、若原君に軽蔑されそうで、あたしも欲しいって言えなかった。
素直に欲しいって言える娘が羨ましかった。
クラスの人気者だった若原君。
すぐに帰ってくるよね。
あたしの前から消えたりしないよね。
若原君のいない学校なんて、あたしちっとも楽しくない。
ううん、あたしのためなんかじゃなくていいの。
若原君の好きな娘のためでいいから、1年6組に戻ってきて。
あたし、見ているだけでいいから。
机にかざった写真をなでながら、あたしはひたすら祈っていた。
若原君が帰ってきますように。
このまま消えてしまいませんように。
あたしは、祈りつづけていた。
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