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ナウシカ研究序説(4

右浦耕大

[V]物語の緯糸(よこいと)

「私は/ひとつひとつの/生命と/かかわって/しまう」(E−97)とナウシカは言う。物語には種々の個性的で魅カ的な登場人物が大勢出てくるが、ナウシカが関わっていく生命にはどんなものがあるのだろうか。ここでは特にナウシカとかかわりの深いものたちについて考えてみよう。そしてその関わり具合はどういうふうなのであろうか。

1)ナウシカと非人間たちとの関わり。

@王蟲

ナウシカが一番感銘を受けているのは王蟲である。子供のころから王蟲に親しんでいたらしい(@−129130)。王蟲もまたナウシカのことをよく知っていたらしいし、彼女を特別扱いする(@−127)。この両者は交感できるのである。王蟲はナウシカに虫の世界を見せ、ナウシカは出来ることなら虫の世界と同化したいと願うほどである(D−143)。これほどまでに関わってしまう生命は王蟲だけである。そしてナウシカの行動に影響を与えた生命も王蟲だけであつた。

ナウシカは王蟲の青い体液を浴びる(A−64)。その青く染まった服を着ていたがために、伝説の「青き衣の者」だとされる(A−79、B−94)。これで人間界の方でもナウシカは特別な者になるのである。また、王蟲の体液には他の虫たちの怒りを鎮める働きがある(B−47)。

Aテトとカイ

ナウシカの超常能力は動物にも働きかける。キツネリスのテトはナウシカの守り神であり、トリウマのカイは命をかけてナウシカを救う。

テトはユパに救われて、ナウシカに譲られたものだが、ユパの死とほぼ同時に死んでしまう。その意味では、ユパの分身みたいなものかも知れない。カイもまたユパから、トルメキア戦役に参加するときに、ナウシカに贈られたものである。ユパは直接にはナウシカの助けにはならないのであるが、その代わりにテトやカイがその役割をはたす。特にサパタ城攻防戦において、ナウシカと共に参戦したカイの活躍(B−130154)は印象に残るものである。カイの死に際してクシャナの部下が言葉をかける。「馬にとっても/あなたは/守りがいのある/主人だったのだ」と(B−154)。

B巨神兵「オーマ」

未完成の巨神兵が工房都市ペジテの地下で発見され、これがためにトルメキアの襲撃を受けてペジテは亡びる(@−76、B−17)。直後、巨神兵はトルメキアの管理下におかれる。しかし指揮官クシャナは、なぜかこれに執着しない。これは妙なことだが、その説明はないままである。その後どういう経緯があったかわからないが、C−33でミト達は土鬼の戦艦が巨神兵を聖都シュワに運んでいるところに出くわす。ペジテを守っていたトルメキアの分隊は土鬼に制圧されたということであろう。巨神兵は聖都シュワで制御装置なしで育てられる(D−13)。そして大海嘯の後「土鬼=トルメキアニ重帝国」を画策する皇兄ナムリスによって、クシャナと自らの結婚式の引き出物として運ばれてきたところに、ナウシカがやってくるのである。ナウシカはこれを破壊しようとしてかえって目覚めさせてしまう。しかしすぐに、巨神兵を制御できることに気付き、その力でシュワの墓所を閉じることに利用しようと考える。そしてただちにシュワヘ向かう(E−154〜F−15)。目覚めた巨神兵には感情があり、まだ「子供」だった。ナウシカは巨神兵の呼びかけに応じ、「ママ」としての役割を引き受ける。そして、ナウシカが母として巨神兵に名付けた名前が「古エフタルの言葉で/無垢という/意味」(F−97)の「オーマ」なのである。オーマは命名されると同時に覚醒し、「調停者にして戦士」であると宣言する(F−34)。加えて「裁定者」でもあると答える(F−51)。

ナウシカが巨神兵と出会ってから第二部の物語が始まると言って良い。ナウシカは彼を使って「主」を倒すのである。

C庭園主と主

第二部のキャラクターであるこの二者もオーマ同様人間ではない。ただしこの二者は同じ意図のもとに作られたらしい。新しい人間を作るものと、その人間に授けるべく過去の文化を守る者とである。庭園主は後者である。

ナウシカが庭園主に会うのは偶然である。物語から見るとこの挿話は必然性がないように見える。しかし、オーマから受けた身体の異常を治し、これからの行動の指針となるものを確信する機会を得たということから見ると、ナウシカの第二の再生とも言うべき場面である。彼女はこの庭園主との対話を通じて、腐海の目的、自分たちが作り替えられたものであること、そしてシュワの墓所にあるものの意図を、ほぼ正確に推察するのである(F−128133)。あとはそれを確かめるだけである。

シュワの墓所にいるのが「主」である。「主」は地球浄化のプログラムを実行しているもので、浄化の暁には新しい人間を世に送り出す用意をしている、いわば「救世主」である。彼は言う。「これは旧世界のための墓標であり同時に新しい世界への希望なのだ」(F−199)と。このとき彼が庭園主の姿を借りて語りかけている(F−200)ことから、あの庭園主は「主」の計画の一部であることがわかる。それはともかく、ナウシカは「主」の意図を否定する。そして、オーマを使って「主」を破壊するのである。「主」の体液は王蟲のそれと同じだった(F−222)。この部分は、ナウシカ行動を検討する後の章ににおいて、もう一度取り上げることにする。

2)ナウシカと人間たちとの関わり。

@セルム

蟲たちの住む腐海の森に住む一族の一人がセルムで、ナウシカと深く関わる。彼はナウシカと同質の人間らしい。ナウシカの師であるユパがそのことを見抜く、「この少年の/まなざしは/ナウシカに/そっくりだ」(B−87)。セルムがナウシカと接触するのは、やっと物語の第二部からである(E−20〜)が、彼は腐海の森におけるもう一人の「ナウシカ」である。彼は三度にわたって、「念話」を使ってナウシカの危機を救う。最初はナウシカを夢の中から導き出し(E−7495)、二度目はヒドラとの論戦で主体性を取り戻させ(F−125133)、三度目は「主」との対決のときに「主」の破壊を手伝うのである(F−204205)。三度とも非常に重要な場面であり、セルムがいなければ、ナウシカは切り抜けられなかったろう。言葉を変えれば、ナウシカは三度の再生をするのである。(この三度とも虫使いたちが立ち会っている。)そして彼らは人類の未来について秘密を分け合うことになるのである(F−223)。

最初の危機のあとで、ナウシカはセルムから求婚される(E−97)。セルムもまた、彼女が自分と同質の人間であることに気付いたからである。「あなたは/私達と心を同/じくする人だ」(同前)。このときはまだ彼女にはするべきことが残っていた。そして「主」を破壊して生還したのち、再び求婚される。今度はナウシカはそれを受け入れる(F−223)。ある伝承によれば、ナウシカは「森の人の元へ去つた」と言う(同前)。

Aチクク

ナウシカは、風の谷の人々の願いに反して、トルメキア戦役が終わってもすぐには風の谷に戻っていない。風の谷の人々はこのことを予感している(E−115)。族長としての務めを放棄したかのようである。しかしナウシカは成り行き上、もはや一族長ではいられなくなるのである。土鬼の人々の指導者としての役を引き受けねばならなくなっていたのだ。チクク少年は、その土鬼の人々の象徴という役割をもっている。そのことは彼が、土鬼土着の神の教えを秘密に守ってきた上人たちに仕える、堂守として登場することに示されている(C−87)。

ナウシカは土鬼の進むべき道を指し示し(E−137138)、「神聖皇帝に亡ぼされた土鬼の土王」(E−133)の末裔であるチククは、「ナウシカに/従う」(E−138)と宣言する。その後彼は土鬼の諸族をまとめ、トルメキアとの和解に一役を買う(F−84)。よって、ナウシカは土鬼の人々との約束を守ったのであろう。「ある年代記は」その「後、ナウシカは土鬼の地にとどまり、土鬼の人々と共に生きた。彼女はチククの成人後、はじめて風の谷に帰った」と記している(F−223)。

チククもまた「念話」者である。ただ、ナウシカやセルムと違うのは、他者の念を増幅して第三者に伝えることが出来る点であろう。ナウシカはチククの力を介して、土鬼の人々の心を収斂させることが出来たのである。

B土鬼の僧正

ナウシカが最初に念話で話す人物であり、盲である(A−15)。ナウシカはトルメキアのクシャナの部隊に従軍しながら、混乱の中ではぐれ、土鬼に捕らわれるが、居合わせた僧正と話すうち、戦争をやめさせようと決意するに到る。すぐに実行に移すが、途中王蟲の子供を助けることで、王蟲との交感を密にする。そのことで僧正はナウシカを「青き衣の者」と確信する。この確信のために彼は一命を賭して、自らの民のために進むべき指針を示す。同時に死の間際に神聖皇弟からナウシカを守る。

土鬼の民は結局は、ナウシカを青き清浄の地へ導く「青き衣の者」として受け入れることとなる。ナウシカには予言を成就するという意図はないが、結果的にそれを体現してしまう。その具体的場面はE−137に描かれている。この意味で僧正の確信は実現したのである。彼は直後、トルメキアと土鬼との和解の場面で、ユパのからだの上に現れて、ナウシカの希望する道を人々が歩むのを助けるのである。

Cユパとクシャナとチャルカ

この三人が「ナウシカの物語」に色を添えていることは言うまでもないが、三人ともナウシカによって、人生の転機を迎えることでも共通している。三人は人間側の物語を担うのである。

人間の物語は物語全体から見ると、すべて挿話である。この中で、クシャナの物語は、ほぼ全編にわたって語られる。彼女はトルメキア王ヴ王の第四皇女で、トルメキア第三軍の軍団長である。年齢は不明であるが二十代後半と見て良いだろう。前王の娘の子である。他の兄弟とは腹違いになる。ヴ王や彼女の兄たちによって、うとまれ、命を狙われてもいる。ただし、部下たちには慕われていて、いずれトルメキアの王の地位を奪取しようという意図がある。彼女の原動力はそこにある(B−21)。しかし、大海嘯によって人間たちの戦争が混乱しているときに起きた、敵である兄の死によって空虚感を覚え、ナウシカの心情をきっかけとして転機を迎える(D−5456)。こめときユパは彼女の可能性を見抜く。

ナウシカは最初クシャナの指揮の元で、のちに対等の立場で戦役に参加するがクシャナの影響を受けるわけではない。かえってクシャナが影響されるのである。ナウシカのもつ力を彼女は認識している。「あの娘には/不思議な力が/あるのだ」(B−51)。彼女はナウシカを利用している気でいるが、ナウシカはそんなことにはおかまいなしである。結局クシャナは「お前はお前の/道をいくがいい」と言って、ナウシカと別れる(B−155)。その後の紆余曲折の中で彼女は変質する。彼女の部下クロトワはつぶやく、「なんだよ/クシャナまで/ナウシカ/みたいになっち/まって…」と(F−63)。

ユパは腐海の謎を解くために、腐海のほとりを歩き回っている剣士である。かつて風の谷に寄ったとき、一時ナウシカの教師をしたことがあるらしい。ナウシカのもつ、過去についての知識は、たぶん彼から得たものだろう。しかしナウシカに再会した彼は、すでに彼女が自分をはるかに追い越していることに気付く(@−83、B−11)。そしてナウシカの説く人々の和解と共存を実現すべく、土鬼とクシャナとの対決を身をもって回避しようとする。「ナウシカには/なれずとも/同じ道はいける」(F−67)。このときクシャナにも転機の完成が訪れる。

チャルカは神聖皇弟の部下であり、チククやクシャナとは敵対関係にあった人間であった。しかし、ユパの最後のときにかれらと共に立ち会うことになる。彼がそうなるに到るいきさつには、ナウシカとの関わりがあるのである。彼は制御できなくなった粘菌を焼き殺すために一命を懸けようとしたところを、ナウシカに助けられる(C−114)。ナウシカは神聖皇弟を脅かす存在であるから、彼にとって敵であるが、すぐに彼女に対する敵意を解き、行動を共にするうち「青い衣の者/などと何かの/間違いだ/あの少女が/帝国の敵である/はすがない」(D−66)と確信する。そして民衆を救うために行動するようになる。王蟲に飲み込まれたナウシカを、森の人やチククと共に救い出したのち、「生涯の終りに道をあやまらずにすんだ」と言い残して、土鬼の侵攻をやめさせるために神聖皇兄のもとにいく。そこで処刑されようとしているところを、再生したナウシカに再び助けられる。ナウシカは巨神兵を制御しつつシュワヘ向かう。残された者たちは、神聖皇帝の軛を外された土鬼の民及びチャルカたち旧支配者層と、クシャナたちトルメキアの残存兵であった。チャルカもクシャナも戦いを避ける手立てを見いだせないでいるときに、両者の和解のためにユパがすすんで犠牲となったのである。

このように、ナウシカによって三人の人生は大きく転換していったのである。

D神聖皇弟

土鬼諸候国連合帝国の第二代神聖皇帝である。兄と区別して「皇弟」と表記されている。自ら宗教を作り出し、土鬼を支配してきた。ナウシカを亡ぼそうとしている最中に兄によって殺害される。肉体の死後、さまよえる魂はナウシカによって平安へと導かれる。彼はかつては慈悲深い名君であったという(E−153)。それは彼の父、初代神聖皇帝と同様だったのだろう(F−121)。ナウシカもまた、伝説を背景に人々の平安のために行動していることから見れば、彼と同類かも知れない。彼はナウシカの「影」であるという人もいるほどである。「影」であるので、物語では否定的に扱われるが、結局は取り入れないといけない。ナウシカ自身もそれに気付いている。「この者は/すでに私の/一部です」(E−77)。

3)その他

他に、ペジテの生き残りアスベル、チククの仕えていた上人、虫使いの醜男たち、そしてヴ王なども考察すべきだが割愛する。

死に別れる者たちは、父親、僧正、上人、クイ、ユパ、皇弟、王蟲、テト、オーマ、主、ヴ王など。ナウシカのあとには死屍累々なのである。対して生き別れは、二人の幼子、二人のクシャナの兄たち、庭園主などで多くはない。ナウシカは「みんなを/つなぐ/糸なんだ」(F−56)から、生き別れは少ないのである。

1999/10/7