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ナウシカ研究序説(2)

右浦耕大

[I]物語の背景

1)時代と場所の設定。

@時代

ナウシカの時代は「巨大産業文明の群が/時の闇の彼方に去ってより千年/セラミック時代終末期」(@−26)である。あるいは、各巻の表紙の裏にあるナレーションによると、産業革命ののち数百年間に世界は「巨大産業社会を形成」し、「1000年後に絶頂期に達し」たが、「『火の7日間』と呼ばれる戦争によって」「都市群は」「崩壊し」「技術体系は失われ、地表のほとんどは不毛の地と化し」「大産業文明は」「急激な衰退をむかえ」て、「人類」は「永いたそがれの時代」にあるという設定である。つまり20世紀末から見ると、およそ2000年後の話であるということになる。したがって古代文明とは2122世紀頃の巨大産業文明のことを指す。それ以前のものは時の彼方にある。

セラミック時代(この時代呼称は後世の歴史家が名付けたものであろう)についても断片的な知識があるだけである。『火の7日間』以後がセラミック時代と呼ばれ、千年続いている。『年代記』(A−87)または『腐海文書』(D−55)によれば、ナウシカの時代までに「大海嘯(腐海の突発的な大拡張)」が三度起きている。三度目のときはセラミック時代700年頃。強大なエフタル王国の内乱がきっかけで、腐海が荒らされ大海嘯が引き起こされた。エフタル王国は亡び、諸族が腐海のほとりにばらばらに命脈を保つだけとなった。その後これら辺境の諸族は隣国トルメキアの属領となった。「風の谷」もそのひとつである。また、セラミック時代800年頃、土鬼(ドルク)地方に神聖皇帝が現れ(F−120)、土鬼の土王クルバルカを亡ぼし(E−133)土鬼諸侯国を形成する。なお、トルメキア王国の興起は不明である。

ナウシカの時代(セラミック時代1000年頃)は、これらトルメキア王国と土鬼諸侯国の二大勢力が世界の覇権を争っている時で、トルメキアが仕掛けた戦争にナウシカは巻き込まれていくのである。

 セラミック時代はまた「腐海」の時代でもある。人間の住めるところは腐海の外であるが、腐海が成長しているので、住める場所がだんだん少なくなっている。腐海とは「減亡した過去の文明に汚染され不毛と化した大地に生まれた新しい生態系の世界」であり、「蟲たちのみが生きる有毒の瘴気を発する巨大な薗類の森」(@−26)のことである。

@BC巻の綴じ込みにこの物語の舞台が示されている。この地図の場所は、20世紀には見かけない地形だが、地球のどこかの温帯地方であろう。腐海の周辺に二大国家があり、さらにエフタルの末裔の諸部族から成る自治都市が散らばっている。人類が生き残っているのはこの一角だけであり、人の住める土地も少なくなっているという。「この星には人間に残された土地はわずかしかありません」(F−41)。

舞台となっているこの一角は約2400リーグ四方である。1リーグ=1ノットと言う設定(@−31欄外)なので、およそ4300q四方ということになる。これは西ヨーロッパ全体がすっぽり入るくらいの広さである。しかしこの大陸も100年を待たずに腐海に飲み込まれてしまうと予測されている(@−91)。

2)科学技術に関する設定。

@「火の7日間」以前

遺伝子工学が極度に発達していた。「火の7日間にいたる時代/生命の源をあやつる技が/存在した」「動物も植物も欲する/ままにつくりかえられた」(B−13)。航空技術も発達していた。巨大な航空機があり(A−88)、星間を旅する宇宙船があった(A−98)。空間をねじ曲げて飛行する技術があった(F−15)。原子核力の制御やロボット工学・人工知能技術が発達していたことも、「巨神兵」を見れば推測できる。

Aセラミック時代

先にも述べたが「火の7日間」以降をセラミック時代という。この時代は新たな技術の発展はなく、過去の知識も失われている。エフタル王国には「奇跡の技」が伝えられていたが、最後の大海嘯によって失われた(A−88.この時代をセラミック時代というのは、「火の7日間」以前に建造され「火の7日間」のときに残骸となった、超硬質セラミック製の大型星間宇宙船などを切り崩して使用している(A−98)からであろう。いわば石器時代である。
 新しく作ることは出来ないが、部品を集めて飛行機を作ったりする技術は伝えられている。つまり、理論の裏付けの無い試行錯誤の「how to」だけがある。

3)国家・民族、宗教の設定。

@民族・国家

大きく分けると3つになる。

1つは、エフタル王国の末裔の辺境7?部族。これらは自由自治都市を形成してはいるが、トルメキア王国の属領という地位である。「風の谷」は族長が世襲制であるらしい。「ペジテ」も同じようだが、ほかの部族については不明。

2つは、土鬼51ヶ国(A−28)。「土鬼諸侯国は聖都シュワを中心にした皇帝領と7つの大侯国、20余の小侯国、あとは小部族国家の集合体」(B−20)よりなる。そのうち言及されるのはマニ族、ビダ族、サパタ族、サジュ族、ダマ族、ナレ族ぐらいである。族長には僧の中の僧正が選出される(A−15)。

3つめは、トルメキア人の王国。絶対王制の色濃い軍国主義国家のようである。王族、貴族、神官が支配階級である。(E−101105)。そのほかの詳しいことは何も語られない。

その他、周辺の民として「森の人」や「虫使い」の11支族らがいる。

A宗教

セラミック時代800年頃に現れた神聖皇常は、自らを崇拝の対象とする宗教を作り、僧会を組織し、土鬼諸侯国を支配する道具とした。しかし土鬼土着の宗教は根強く生きている(A−109、B−94、C−88)。この土着の教えは「旧き世界は滅び/永い浄化のときが来る」(C−91)というもので、王蟲を神聖とし(E−24)、腐海は善であるとするものである。この教えの淵源は、神聖皇帝以前から土鬼の諸王朝が都を置いた聖都シュワ(F−62)の、「墓所」を守る教団にあると思われる(F−178)。またマニ族をはじめ土鬼には、救世主「青き衣の者」の伝承がある(A−79)。

宗教の影響を引きずっているのはおもに土鬼諸族であり、エフタルの末裔諸族やトルメキア人には、ある特定のものを信仰するということはないようである。ただ、トルメキアには神官はいる。この教義においては「腐海は神罰」である(@−92)。「終末」や「神の裁き」の概念もある(E−103)。

また、ナウシカには「風の神様」がいる(C−91)。これは「風の谷」の部族神らしい(E−117)。

4)主な登場人物達の紹介

 登場人物たちの役割については第三章で扱う。ここでは簡単な紹介のみ。

ナウシカ:「風の谷」の族長ジルの第11子、女性戦士。風使い。メーべ(飛行艇)を操る。年齢は1O代後半〜20代前半。念話ができる。本編の主人公。

チクク :第4巻から登場。念話ができる。ナウシカを信頼し助ける。第6巻で土鬼の土王の末裔であることが明かされる。

セルム :第3巻から登場。「森の人」。念話者。ナウシカの理解者、協カ者、求婚者。

僧正  :第2巻から登場。マニ族の僧で族長。盲目。念話者。死してなおナウシカを守る。

チャルカ:第3巻から登場。神聖皇弟に仕える僧官。はじめナウシカとは敵であるが、ナウシカと行動を共にするうちに人生の転機を迎える。チククと共にナウシカを助ける。

ユパ  :ナウシカの師。腐海一の剣の使い手。腐海の存在意義を探求して旅をするうち、争い事に巻き込まれる。

アスペル:トルメキアに亡ぼされた工房都市ペジテの王子。パイロット。ナウシカの協力者。

クシャナ:トルメキア王ヴ王の第四皇女。辺境の諸族を率いて腐海を南進する辺境作戦を遂行する。トルメキア第三軍の軍団長。

クロトワ:クシャナの参謀。

神聖皇弟:ミラレパ。超能カ者。土鬼諸侯国の支配者。第2巻から登場。ナウシカを「青き衣の者」として恐れ抹殺しようとする。

神聖皇兄:ナスリム。第5巻から登場。皇弟から権力を奪取し世界を支配しようとする。超能力はない。

 王蟲  :オーム。腐海にすむワラジムシ様の巨大生物。ナウシカと交感する。

オーマ :巨神兵。実質的には第6巻の最後から登場。ナウシカがその誕生に立ち会うことから彼女を「母」として慕う。重要なキャラクターである。

テト  :ユパがナウシカに与えたキツネリス。ほぼ全編にわたってナウシカと行動を共にするが、ユパの死と時を同じくして、オーマの毒にあたって死ぬ。

*註;「念話」とはいわゆるテレパシーである。

1997/6/12