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このコーナーでは、鷲羽の団員向け情報紙「わしゅうだより」の掲載記事を中心に、鷲羽の話題を提供していきます。
鷲羽OGの慶児道代(けいこ・みちよ)さんが単身チェコに渡って7年・・・。
6月29日の練習場を訪れた彼女の成長ぶりに驚かれた方も多いことでしょう。言葉もわからない、つても無い、日本ではなじみの薄いチェコで歌を勉強して、現在は2つの劇場と専属契約を結ぶオペラ歌手となりました。その間の苦労は大変なものだったと思いますが、彼女は昔と変わらない笑顔で、「歌うことはとても楽しい.」と語ってくれました。
彼女の、心にしみる歌声は発声やテクニックはもちろん、聴く人に感動を与える歌い手の心とか、想いとは何であるかを、私達に教えてくれたような気がします。
彼女がチェコで暮らしていて一番恥ずかしかったことは、自分がいかに日本の歴史等、母国のことに無知であったかということだったそうです。そして帰国して感じたことは、日本の道路や建物がこんなに小さかったのかということだそうです。私の娘も8年近くアメリカで暮らしていましたが、同じような感想を述べていました。自分という存在をしっかりと持ち、主張、意見をはっきりと示さないと、外国では一人前の大人とは認めてもらえないのですね。彼女が見た小さな道路や建物は、実は、日本人の心の狭さや人間の小ささだったのかも知れません。
ということで、シャンテールでの2次会も、ママの手作りの和風バイキング料理で大いに盛りあがり、次回、慶児さんが帰国するときには、ぜひリサイタルを開いてもらい、伴奏は同じく鷲羽OGで、現在、東京でオペラのコレペティとして活躍しているYさんにお願いして、とか、慶児さんのオペラを生で見たい、鷲羽でチェコに演奏旅行に行こうとか、話題は尽きず、別れを惜しみながら家路に着いたのは、午前2時近くでした。
慶児さんのますますのご活躍を心よりお祈りいたします。
(文:チーフ・マネージャ O・I)
「わしゅうだより」掲載(2000/7/6)
![]() 鷲羽岳から鷲羽池と槍ケ岳を望む |
梅雨も明けた木曜日の夜、近藤先生の厳しい練習が終った後、北アルプス「雲ノ平」方面へ山歩きに出かけました。
今年のアルプスは例年になく残雪が多く、春の訪れも遅かったようですが、太郎兵衛平近くのニッコウキスゲ(ゼンテイカ)の群落や、双六小屋から弓折岳へ向う稜線に咲くクロユリ、三俣蓮華岳のライチョウの親子などと出逢い、着実に夏の季節へとむかう自然の営みを感じることができました。
さて、今回の山行の一番の目的は、黒部源流に広がる溶岩台地で「雲上の楽園」と称される雲ノ平の散策でした。しかし、一面のガスのため、借景になるはずの周囲の山々は全く見えず、残念ながら、そのエキゾチックな風景を充分に堪能することはできませんでした。
そのかわり、鷲羽岳に登った日は快晴となり、素晴らしい展望を得ることができました。
鷲羽岳(わしばだけ・標高2924m)は、中高年の間でブームになっている深田久弥の『日本百名山』の一つに取り上げられています。この本によれば、古くは、この山名は現在の三俣蓮華岳に与えられており、当時、現在の鷲羽岳は「東鷲羽岳」と呼ばれていたようです。
このような経緯があるにせよ、この山の、鷲が羽を休めているような堂々とした姿(2000年夏期限定版タイトル参照)は、やはり名山と呼ぶにふさわしい風格を備えていると思います。深田久弥は、次のように書いています。
黒部と言えば、その谷の深さと険しさと美しさとで有名だが、その黒部川が産声をあげるのが鷲羽岳である。この山の頂に立つと、黒部川の幼年時代の発育ぶりが手に取るようにわかる。源流は一跨ぎ出来るささやかな流れである。その水がやがて切り立った絶壁の間を、潭となり淵となり滝となって、猛々しく流れて行くのである。
「わしゅう」の団員にとってなじみのある名前の山頂で360度のパノラマを満喫した後、ザレた斜面を下りながら、なぜか、「ぐるり よざ どみぬ」と口ずさんでいました。
※岡山市民合唱団「鷲羽」の名前は、瀬戸内海国立公園の景勝地、鷲羽山(わしゅうざん)に由来します。
(文と写真:ホームページ管理人)