MY OPINION現代の矛盾を考える---自分を見失なわない為に考え抜く
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介護保険制度(2004/4/17)見せ掛けだけの医療費削減---知らされない介護保険実施情報介護保険法が平成12年4月に施行されました(当時森内閣).原則として65才以上で介護が必要と思われる方は、介護保険の給付を申請し認められれば給付される.その給付額は段階的.開けてみれば、医療費抑制政策の煽りをうけての見切り発車.「走りながら考える」なんていう呈の良い言葉にはうんざりする.曰く「本来、医療費とは関係のない福祉や介護サービスが老人医療費に含まれるので、これを切り離す為」.介護保険という大義名分を謳って、別枠で国民の自己負担を増やしているだけです.こうした生命の存続に密着している費用は増えさえすれ、減ることありません.確かに統計上の老人医療は抑制されましたが、医療費が減っているのではありません(入院費用が、入所費用に変わっただけ.つまり費用を計上する細目が変わっただけです).財政は直ぐにパンクして、負担が増えるか給付が制限される道しかないのです.充分な論議もせず、官僚机上で考えたものなのですから当然といえばそれまで.医療政策・年金政策のようにつぎはぎになる運命です.経済側の苦情に対する厚生労働省の答えが、体面を保つだけのその場凌ぎ終わってしまってるのは全く情け無いことです.財源.無い財源を知恵を絞って捻出?3年ごとに見直すというおまけ付きで、2002年には4000億の赤字となり、既に2003年度には13%upされました(確定申告で介護保険料の申告を忘れないで下さい).介護保険の費用は10%が個人負担、残り50%は公費、18%は65歳以上高齢者負担、32%が40-64才の生産者年令の負担となっています.国は公費負担50%は守るが、総額を維持したいという理由で介護施設報酬を月額約一万引き下げるとういう暴挙を実施.本当に介護保険をやる気であったのかと疑いたくなる.従って早晩負担増は避けれなくなり年金と同じく、20歳からの徴収が画策されています.介護保険は制度が浸透すればするほど申請が増える性格のものですし、老齢人口も益々増えるのですから.又、今の給付基準では給付過剰も当然有ります.審査方法に問題もあります.当初から赤字体質ですので積立金問題が起こらないのが唯一の救いと思っていたら、赤字だというのに準備金と称して積立て枠があるのです.唖然とします.知らないうちに事務費とか何とか理由をつけて使途不明金になってしまう運命です.そうです、年金と同じ末路です!これが官僚の手口ですので、絶対に許してはいけない.将来的には目的税となるのではないかと予想しています. 施設は充分か?介護保険を作っても実地は民間ですから受け皿は充分か?というとそうでもないのです.現在特別養護老人老人ホーム(=特養)が4650施設31万床、介護老人保健施設(=老健)2770施設24万床.2002年末で介護認定患者は323万人、内所率の高い要介護4,5は90万弱おり痴呆者を加えれば150万人近くにもなる.それなのに2003年の改定で特養の重症度優先が決められ重症者の受け皿は少なくなる一方なのに、介護施設の報酬を下げているのです.施設を増やそうにも経営できなければ増えはしない.さらに施設の違いは介護保険の導入の為に、施設間の区別がなくなったようなもの.今望まれているのが、家人の手のかからない特養なのです.有料老人ホームの方が人気があるのも同様です.こういった介護者の変化を捕らえないと先へは進めません.家人が介護をしたがらない風潮を如何に捉えていくのか課題なのです.実情の論議がなんらなされないのに未熟な制度を作り出し、新たにその関連運営事業を作り出して自分たちの職場はを増やし天下りしていくのです.さて、肝腎のリハビリを促進しようにも、施設が不足している.こちらは民間任せなので笛を吹く格好をしているだけです(実際に笛は吹かない.計画はしているがとの口上のみ). 介護の質の変容に気づくべき.「お金はばらまくが制度のチェックはきちんとしない」というのが日本の行政の体質です.しっかり制度は作っているので運営が悪いなどというのは実情を知らない官僚のバカさ加減.最初から見直しありきなんていう制度は実地シュミレーションがなかった証拠、コンセプト不足.内閣府の2002年末にまとめた「高齢者の健康に関する意識調査」では、介護を受けたい場所は自宅43%、病院18%、特養12%等で子供の家は4%に過ぎない.介護を頼む相手では子供の比率は年々下がっている(朝日新聞2003年10月5日).その理由として、介護上の高齢者虐待(加害者はほぼ100%が家族)もあれば、子供の負担が重くなり介護を頼み難いという意見まである.現代の老人の特質は、将来の不安(負担増)に備えて貯蓄しているという点(拠って個人消費はのびない)と老人は孤独であるといこと.特に中高年は安心感を求めている.従って医療・介護・年金に関心が強くなっているのです.前者は定年を65歳にしようという試みもあるが行き渡っていない.後者は民間の頑張りはあるが浸透するには時間がかかる(なだいなだ氏の「老人党」、日野原重明氏の「新老人の会」、新堀通也氏の「スーパー・グラデュエート・スクール」、全国老人クラブ).一番手っ取り早いのはやはり、政治を変えることでしょう.駄目な政府はどんどん替えるしかないのです.ですから政治の不信・無関心には国民が真摯に取り組まないといけない.国民が政治に参加できるのは選挙だけだということを再認識してください.そして国は関心を持たれるように、選挙を面白くしないといけません.選挙カーでの名前の連呼は、犬の遠吠えより始末が悪いでしょう.
痴呆患者の対応が出来ない.2002年12月末の老齢人口は2368万7948人.要介護者認定数は323万3516人.比率13.7%である.この内50%弱は痴呆老人である.2015年には団塊の世代(S22-24生まれ)が全て65歳となるが、このときの老人比率は一挙に23.6%とupして、痴呆者の予想数も250万人となっている.単純に逆算すればこの時の介護認定者は600万人を超えている.痴呆者を在宅で介護することの難しさは測り知れないが、施設入所者にも8割に何らかの痴呆が存在しているのであるから、在宅重視でスタートした介護保険は、そのモデルが脳血管障害の運動機能の回復を主目的とした性格があるため、痴呆介護の方向を次回の見直し(2007)までに見出せなければ介護保険は崩壊すると考えます.つまり痴呆患者を誰が?何処で?どう看るのか?が問われている.圧倒的に少ない入所施設、家人の介護離れによる老老介護、福祉に目を向けないのに、長寿を得意げにする官僚の態度は傲慢です.皆、個人、企業の努力なのですから!国は個人の負担を増やしだけで何もしていない!「締め付けるだけでは何も生まれない」は過去の歴史が物語っている.小泉内閣に医療福祉関係の構造改革は出来ないと考えています.主眼は郵政事業民営化にあるからです.その一端として関連の周りを固めているのです.医療福祉関係に関しては勉強不足で、改革には程遠い.「民間に出来ることは民間に」という姿勢なら、国立病院で行っている診療は民間に、研究は研究機関に任せればよく国立病院は存続できません.国立病院が「特別会計で運営されている」ということがやはり問題になるのです. 介護度比率.ここに平成15年度、認定審査会委員現任研修資料というものがあります.栃木県保健福祉部高齢対策課保険班が作成したものです.これによると平成15年11月末で全国の高齢化率は19.1%です.介護認定者数は374万人、要介護率15.3%.着実に増加中です.この辺までは報道にも載ってきますが、広報をしないというか事実を知らしめないでことを図ろうとする官僚の手口でしょう?要介護者374万人の内訳を実施状況をお知らせします.
意見!現況で問題なのは、現行の介護サービスが有効に機能しているか確かめようが無いという点と受け皿が足りない点でしょう.盲点は、介護で回復した方の介護サービスをやめると、直ぐ元の介護度に戻ってしまう事象の対応をどうするか?先ず介護の評価制度を早急に作るべきです. 日本の論点2004、p534コラム53:文芸春秋 平成15年度、認定審査会委員現任研修資料:栃木県保健福祉部高齢対策課保険班作成
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