| 私見 | 医療の公的部分を評価すべし!現状の医療状況は企業努力の賜物.2004/1/14 | |
| 1 | 日本の医療制度の国際的な評価は次のようなものである.少ない医療費で、比較的高水準の医療を、普遍的かつ平等に身近なところで実現し、かつ医療制限は少ない.本邦にかぎらず世界の先進諸国に於いても、医療問題はその費用・制度等に種ゝの問題を抱えている.国民医療費は国際的には国内総生産(GDP)比で比較され調整される.こういった比較が出来る国に近代医療の恩恵があるわけで、地球規模では一握りに過ぎない.しかし近代医療の進歩は経済の高騰を伴うので、経済が付いていかなければ進歩も普及しない.そこで、医療費抑制効果が実現されている日本の中庸な医療制度が、高く評価されるわけである.日本の医療制度の根幹は、国民皆保険制度と診療報酬体系にある.これを形づくってきたのが厚生省と日本医師会といって良く、その土俵は中央医療制度協議会(中医協)である. | |
| 2 | 厚生省は昭和13年に設置され、そもそもは日中戦争下における国民の体力増強目的で誕生したのである.そのルーツは内務省の社会局と衛生局の移管である.現在は省庁合併により厚生労働省となっている. 2002年の10の事業事項の第1に国民が安心・信頼できる医療の確保があり、第7に活力ある高齢社会の実現と介護保険制度の着実な実施がある.第1事項の細目には、(1)持続可能な医療保険制度の確立、(2)医療の質の向上を目指した医療提供体制の充実、(3)先端的科学技術を応用した医療の展開、(4)医薬品・医療用具の安全性の確保が謳われ、政府はこの目的の為に医療政策を創案する.担当するのが厚生労働省(厚生官僚)であるので、同省は、医療、福祉、年金を統括することになる.その政策だが、そもそも官僚の政策というものは統制的になってしまうので縦割となる宿命がある.特に厚生省の官僚機構の特徴は、医師資格を持つ官僚が存在する点で、省内各局でも細分化があり連携を持つのが難しい.又、管理に国民が慣れてしまっている点も見逃せないのだが、独自の活動が思わぬ弊害を生んでいるのである.現医療体制下では、日本医師会自体が皆保険を推薦していることも有って、現行の診療報酬体系で統制をとろうとする厚生省の術中に嵌っている状態である.日本医師会の主張である自由裁量権は僅かに面目を保っている程度である. 医療に医師は不可欠であるので、医師そのものを管理下においてしまえば医療政策は厚生省の思惑通りに進むであろう. |
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| 3 | 日本医師会創設は、慶應義塾大学医学部初代学部長であった北里柴三郎の功績による.大正8年に郡市医師会、都道府県医師会の強制設立がなされていた.北里の提唱した大日本医師会は大正12年に創設され、各医師会の統合を図ったもので法的にも認められた結果(法定日本医師会とも呼ばれた)、医師は強制加入ということもあって日本医師会を頂点としその傘下に地方医師会を置く職能団体が誕生した。これ以後、医師の組織化が図られていった.この組織は、戦時下には国を翼賛する形をとらざるを得なかった.又、主な病院は昭和17年に設立された日本医療団に強制統合された.敗戦後の昭和22年、GHQの指導により日本医師会は任意加入の全国組織となり、郡市医師会、都道府県医師会への加入を条件とし、新生日本医師会として再出発を果たした.加入者は任意加入ということもあるが60%強で開業医の加入率は高いが、勤務医の加入率は低い.医師という職業は、本邦では自由開業制である.歴史的には医師資格が国家試験で規定されたが、開業は自由に出来る.開業した医師が病院を経営するのも自由である.これも病院と診療所の規定が出来たが、条件をクリヤーすれば良い.数字にも反映されており本邦では、私的経営の診療所が94%、私的経営の病院が80%であり日本医師会を支える基盤となっている.この数字は又、本邦の病院政策の未発達を反映していると言い換えることが出来るかもしれない.実は、日本の医療体制の最大の欠点はここにあると考えている.日本医師会は、医師の歴史的既得権と職業利益を守る為の組織である.公式には、医の倫理、科学的手法に基づく医学の研究と教育の発展、国民医療の増進であるが、医療分野の全てにおいて指導的な立場に置かれる事を望んでいる. | |
| 4 | 厚生省と日本医師会の共通の認識は、保険財源の確保は国が主体であること.国民全員に平等な医療を提供することであったが、1960年以降はその認識は時代遅れになったのである.即ち、医学レベルは高度に進歩して医療費の増大を生み、医療の質が問われる時代となったのである.厚生省にとって医療費の増大は予想以上であるので、医療費の抑制に注意がなされた.昭和56年導入の老人保健法もその一環である.一方、日本医師会は進歩した医学レベルを会員が如何に獲得するかが問題だった.医学レベルの遅れは致命的であるから.両者とも、医学レベルの向上、延いては医療レベルの向上には後れを取っている.つまりは病院政策の遅れと言ってよい.高度医学は医学教育機関任せであり、厚生省の管轄にはない.高度医療を普及すべき使命を持つ病院の管理に関しては全く無策である.日本医師会は、生涯教育等を謳って医学レベルの普及に取り組んではいるが任意であり効果不明、加入率の悪い病院やその勤務医にとって有利となる政策に反対はしても組しなかったいきさつがあるが、病院の連携なくしては医療レベルの普及はおぼつかない.医師は医学分野において全能で、診療所の延長が病院であり、その延長が大学附属病院(教育機関であるので研究は盛んではあるが)が如き構図は全くお粗末である.これが日本の医学レベルの現状である.国民全員に同じ医療のみを提供し、質の向上を踏まえなかったつけである.医師が万能である時代は既に終わっていることに気が付いていない. | |
| 5 | 質の向上を踏まえた医療レベルの追従には病院政策の整備が不可欠である.病院の質が高いアメリカやカナダに比較すると医療の満足度には格段の開きがある.病院施設のアメニティ部分の差は痛し痒しである.米国のように公的資金が病院施設に投入されていたり、保険からの資本還元もある施設とは一線を画すので比較は難しい.しかし、いくら経済効率といってもやはり個室や二人部屋が10%に満たない状況には言葉を失う.しかも差額料金を払わねばならない.これは発想が逆で大部屋なら入院料の一部が償還するようにすべきである.病院サービの差は全く不充分で、患者一人に対する医療スタッフの配置人員は1/3でしかない.病院においては医師と患者の接触時間が非常に短いし、サービススタッフも極めて不足し患者の不安をケアーできない.医療事故が起こり易い体質にある.重大な格差があるのは、病院の機能分化(専門化)に関してである.病院は専門性に謳った医療を提供すべきである.病院が診療所の延長となっている現状は、経済的な問題がクリアーできないからに過ぎない.病院設立には施設と人件に膨大な費用が必要となる.私経営であればその資金は借財であり、診療報酬にて返済するという構図が現状である.数ある一般病院は機能病院として統合すべきで、そこに入れない病院はいわゆる療養型で生き残るすべを模索する.専門機能病院への道としては建設資金は補助し、機能病院用の病院技術料に厚い診療報酬体系を創設して差別化を図るべきであろう.この部分の費用は増大するが、受診率は低下するので平均化されるだろう.国民負担は給付率を上げれば変わらない.高度医療を普及させる器を広げ、ここに専門医を吸収する訳である.高度医療とプライマリーケアーはその正確からも棲み分けされなければいけない.もちろん専門医の資格は厳しい基準を設けるのは当然である.医療に平等性をもたせれば、それだけ公衆性を帯び、社会主義的要素が強くなる.医療の公的要素を正当に評価すべきであろう.今のままでは質の確保はおろか平等性さえも危うくなる. | |
| 6 | 患者と医師あっての医療であるから、医師自身の職業意識高揚の問題は避けられない. | |
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