今回は宗教に関る話。違う意味で危ない。
すっかり都市伝説から離れてるけど、まあいいか。
最初に、これだけはお断りしておきます。
それでは、この点をふまえて・・・。
バタイユという人が、宗教史についてこんな様な事を言ってました。
こんな感じだったかな。
個人的には、こう考えています。
原始の宗教とは、言うまでも無く自然崇拝を主とした
宗教体系のことです。
近代宗教の特徴というのははっきりしていて、
これにつきます。
神に人格(神格?)を与え、場合によっては役割を与えたのは何故でしょう?
「ハワード賞」で有名なH.P.ラヴクラフトという作家がこう言っています。
つまり見えない恐怖の方が、空想の入る余地があるだけに
かえって恐怖心が膨らむという事です。
それを払拭する為には、その恐怖の対象を見極めなければいけない。
でも分からない。
そんなときには、分からないなりに結論をつけようとします。
これは人間が元々持っている心理で、まあ、
童話「すっぱいブドウ」を思い出していただければ
難しい説明は要らないかと・・・。
(余談ですが、ユダヤ教の「Y・H・V・H」というのは本来は忌み名で、
決して発音してはいけない言葉なのだそうです。
聖書に出てくる預言者がよく言う
「神の名をみだりに唱えるなかれ」
と言うやつです。が、後年それでは具合が悪くなってきて、
いつの間にか「ヤハウェ」とか「ヤーヴェ」とか発音する様になったとの事。
本来の発音が何なのかは謎。
聖書の、こういった「便宜上の改ざん」というのはけっこうあるのだけれど、
その話はいずれ)
確かに神道の至高神である天照大御神は太陽神だしね。
それに対する(私見の)回答はあるのだけれど、
長くなるし、その手のネタは「かなり」ヤバそうなので、いずれかの機会に。
これだと逃げだと思われそうなので軽くふれると、
日本にもキリスト教に劣らない改ざんと異教排他の歴史があって、
これはその結果だと考えています。
教科書では平穏な移行として語られている縄文→弥生への
文化の移行を始まりとする日本全土を覆った数百年間の戦乱と
無関係ではないと思います。
何故神道は八百万もの神がいるのに、火の神がいないのか?
火の神ヒノガクヅチは何故誕生した瞬間殺されたのか?
気になるでしょ?
でもこの話に触れると必然的に「天皇ネタ」になるからなぁ。
ま、この話はいずれ。
なんだか話が逸れまくりで収集がつかなくなってきたので、
このあたりで強引にまとめに入ります。
宗教の発祥は恐怖からだった。
で、分からないなりに対象を見極めようとします。
自分たちの知りえない、何かのせいだと。
それが精霊のせいであったり、神の業だったり。
こうして原始宗教が始まります。
人々は、その「なにか」に対して対応をとろうとします。
生贄や供物などをささげて、
「どうか自分たちの営みを妨害しないでくれ」と、
それこそ祈るような気持ちで。
それが慣習となって、やがて文化になります。
そして近代宗教が始まるわけです。
昔の人が意図してそうしたのかは分かりませんが、
あぶねー話だなぁ。気を悪くしないでね。
戯言、戯言。
うーん、本当は宗教での集団心理について書きたかったのに・・・。
ま、その話は次回に。
今回はこれで終わりです。