日本建国秘史


再び話を日本に戻そうかと思います。

 

日本建国史というのは、

世界でも類を見ないほどに不鮮明なのだそうです。

実際、『古事記』『日本書紀』という王道の史書に関しても諸説ありますし、

その真偽はともかくとして、

さまざまな『秘史』なるものも沢山あったりします。

『竹内文書』『九鬼文書』『東日流外三郡史』『ホツマ伝』などなど・・・。

 

 

日本建国史に関しては分からないことだらけなのですが、

まず、日本の『秘史』古文書と言われるものに関して、

私見を交えて追ってみようかと思います。

 

 

『秘史』に関するケーススタディ

『竹内文書』という古文書があります。

オカルト本などで紹介される内容としては、

1935年に皇祖皇太神宮の神主だった竹内巨麿が

一族に伝承されていた書物を”一般に公開”し、不敬罪で逮捕された、

そんな”いわくのある文書”というやつです。

これは古文書というよりは、この神社の縁起書なのですが、

これによると、

モーゼや釈迦、老子に孔子に孟子、はてはキリストまでが

日本に来ていたそうです。

(『モーゼの墓』と言われる場所も日本にありますが・・・)

しかも、彼らは天孫だとか。

天皇が”日本だけの天皇”になったのは神武天皇からで、

それ以前は世界を統治していたそうです。

その記述を正確なものとして受け止めると、

天皇の統治は数億年も前から行われているという事になりますが。

他にも、ムー大陸やアトランティス大陸に関連すると思われる記述もあります。

(ミヨイ、タミアラという大陸の記述)

原本は、東京大空襲で消失しています。

 

 

記紀神話(古事記/日本書紀)の方が偽書で、

こちらのほうが正史に忠実であるという人もいます。

 

秘史である、という説ですね。

記紀神話の記述が正しいというのは日本の学者が勝手に解釈しているだけで、

そういった”定説”に合わない『竹内文書』を、彼らは意図的に無視している。

そんな話もあります。

他の主張としては、

『真に正しい史記』など存在しないという厳然とした事実があるわけで、

この史書の内容を全面的に否定する事はできない、

というものもあります。

まあ、「ヨハネスブルグ青人民命」という神様の名前とかまでは

フォローしきれないのでしょう。

 

 

この本に対するアンチオカルティストの主張として一般的なのは、

まず、あまりにも内容が荒唐無稽、かつ稚拙、

という話が挙げられます。

「ヨハネスブルグ青人民命」や「ヒウケエビロスボストン赤人神命」などという神名は、

あまりにもどうよ、という話です。

ムー大陸やアトランティス大陸に関連するであろう記述も

不可解極まりない話であるし、

過去の賢人が日本に来ていたという話も”受け入れがたい”話です。

 

批判としてよく用いられるのは、

狩野亨吉が1936年に発表した(『思想』169号)、

「天津教古文書の批判」という論文からのもので、曰く、

”書き継がれてきた史書”なのに筆跡は同一

官位や制度に関して、記述が不正確

誤字や文法の誤り

神代文字に漢語の混入が見られる

後世の用語/知識の混入がある

です。

 

現在の多くの反オカルト本では、

これを元に批判がなされている傾向が強いと思います。

ただ、狩野氏は『竹内文書』の原本を見ずに批判を行っている為、

(写真5点を元に鑑定)

結果的に、この点が信奉者と批判者の間で

最大の争点となってしまっています。

 

 

オカルト的視点から離れてみましょう

1936年。

世に『第二次天津教事件』と呼ばれる事件が起こります。

新興宗教団体『皇祖皇太神宮天津教』という宗教団体の教祖、

竹内巨麿が逮捕された事件です。

容疑は不敬罪、文書偽造行使罪、詐欺罪の3つ。

不敬罪というのは、皇室の紋”菊花紋”を団体の紋章に使ったからです。

結果的には、無罪になりました。

「信仰を司法で裁くべきではない」という裁判所の判断によって、です。

 

(ちなみに、『皇祖皇太神宮天津教』は、

現在も活動している新興宗教団体です)

 

この宗教団体は、大正の終わりから昭和にかけては、

かなり”強行的に展開している”宗教団体であった様で、

1930年にも、彼は詐欺罪により逮捕されています。

後に『第一次天津教事件』と言われる事件です。

 

これらの件は、『竹内文書』信奉者の間では

よく取り沙汰される話です。

宗教弾圧、という事ですね。

この頃には出口大二三郎の『大本教』なども、

かなり大掛かりな弾圧を受けています。

1935年の『大本教』への”弾圧”はかなり大掛かりだったようです。

(ちなみに『大本教』は現在も活動中の団体です)

 

 

大掛かりな弾圧が行われた背景として考えられるのは、

 明治に入って行われた、

新道国教化政策

 これの影響が大きいように思われます。

 

明治維新政府は、元々天皇主権を旗印にしていた人たちなので、

政策のなかで色々と宗教に介入していきます。

神仏分離令(正しくは「神仏判然の沙汰」)とか。

 

その中で発生した『廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)運動』、

学校の授業では軽く流されてしまう話なのですが、

実際には相当に無茶な騒動でした。

明治政府には仏教弾圧などという気は無かったのかも知れませんが、

民間レベルで、ある種の”宗教弾圧”が行われます。

特に、根強く信仰され歴史も古い仏教に対しては、

一部強硬派による猛烈な排斥運動が行われました。

これに関連する諸々を総称し『廃仏毀釈』などと呼びます。

(元々は仏教弾圧をさす用語で、明治期のこの騒動を指す用語ではありません)

 

この騒動で興福寺など多くの寺は廃寺の危機に晒され、

興福寺の『五重の塔』は25円で売却される寸前までいったりします。

仏像や仏具などが大量に処分され、

経典を焼いたりとか寺に放火したりとかの大騒動になります。

(各地の博物館にある仏像は、ほとんど全てこの時に売られたものです)

 

この宗教弾圧は、『正当な神道』以外の全てに対して行われました。

ここで言う『正当な神道』というのは、

『日本書紀』『古事記』を信仰の基点とした神道の事で、

言い換えれば、『記紀神話を聖書とした神道』です。

 

『正当な神道』などという思想は、困ったことに現在も根強く残されているようです。

近代の日本建国史研究で『記紀神話』が基準とされていた理由の多くは、

この考え方が根底にあるからだと思われます。

 

 

優良種としての日本民族

やや私見ではありますが、

民間レベルで大規模な宗教弾圧が行われた理由はもう一つあると思います。

それは、当時多くの建国秘史が”発見”された理由にもつながるものです。

 

『国粋論』(選民主義)というのがあります。

この場合は、『日本人至上主義』という方が適切かもしれません。

 

考えの根本は、外戚によって開国させられた日本人の

ある種の劣等感からきているとよく言われますが、

おそらくはアジアの中で最も早く欧米化を果たした日本人の

おごりだったのだと思います。

 

『国粋論』というのは、極論すると、

「日本人は偉大な民族、世界を統治すべき優良種である」

という考え方です。

欧米人(白人)の選民思想の受け売りですな。

今の日本人にも他人事ではありません。

もっとも今の場合、『日本人アジア至上主義』といったほうが適切でしょうか。

バブル期にフィリピン人女性を

「フィリピーナ」「ジャパゆきさん」など蔑称で呼んでたりしましたが、

この点をふまえても、

アジアの中で、日本が文化的に最も高水準だと思っている人は多いようです。

 

明治期から戦後にかけて、この考えは猛威を奮っていました。

と言うより、大衆が無意識のうちに抱えていた思想なのでしょうか。

この時期、日本人の起源や歴史に関して、様々な新説が発表されます。

日本人の起源はユダヤ人”失われた十支族”の一つである。(酒井勝軍『猶太民族の大陰謀』)

チンギス・ハーンは源義経である。(小谷部全一郎『源義経は成吉思汗也』)

日本人はムー大陸人の生き残りである。(J・チャーチワード『失われたムー大陸』)

日本人の起源はエジプト人である。(徳政金吾『古代埃及と日本』)

日本人の起源はシュメール人である。(三島敦雄『天孫人種六千年史の研究』)

日本人の起源は・・・

ええ、もう、きりがありません。

これらの説が大量に飛び交いました。

(チャーチワードの翻訳本が比較的スムーズに出版されたのも、

世相の反映なのでしょうか)

 

一見すると様々な説ですが、根っこの部分は一つです。

つまり、当時”偉大だと思われていた民族”と日本人を結びつける、

という考え方です。

 

木村鷹太郎曰く、

「日本人の如き優等種族は、もしこれを他に比較せんと欲せば、

古来世界において、最も優等なる人種たり」

と、言うことです。

 

ちなみにこの人、世界の神話が日本の神話に類似している点を挙げ、

「”世界の神話”が”日本の神話”に似ているのは、

日本人が世界を支配していた証拠」

などと・・・。

 

あと、『義経=チンギス・ハーン説』を提唱している小田部氏は、

研究家でもなんでもなく、ただの”財界の著名人”です。

 

当然、熱烈な国粋論者だけに留まらず、

一部の新興宗教がこの思想の影響をうけた、

または、この思想を取り入れたと思います。

というよりも、

彼らも熱烈な”国粋論者”であったとするのが適切でしょうか。

 『竹内文書』や『九鬼文書』などは、

その極端な例に思えてなりません。

 

 

行き過ぎた『国粋論』の”秘史”への反映。

天皇家を”かつての世界の王”とするための歴史改変。

記紀のカバーする歴史範囲よりも数億年以上開いてしまった隙間を埋める為に考えられた、

記紀に存在しない天皇の系譜。

世界の”史上の有名人”と”天皇家”を結びつける為の、

大幅な歴史の改変。

大陸文化由来でない、

日本独自の言葉”神代文字”の創作。

 

国粋主義者だからこその事なのか、

信徒を集める意図があったのか、

または、その両方かもしれませんが。

 

 

 

”秘史”に関するまとめ(?)として

話がいろいろと飛んでしまっていますが、

秘史というものに関して何らかの結論をつけるとすれば・・・。

明らかに時代のニーズや流行に影響を受けているものに関しては、

偽書と断定するのは、そう難しくないと思います。

古代の歴史を語り、遠い昔に書かれた書物が、

発表された時代のニーズに合わせた内容である時点でナンセンスだからです。

ただ、秘史と呼ばれるもの全てがそうだとは限りません。

明確な基準が存在しない以上、真偽の断定は大変な困難を伴います。

記紀神話もまた、真に正しい歴史ではないのですから。

(歴史に正しさを求める行為自体がナンセンスなのかもしれませんが)

結局のところ、

日本の黎明期に関して不鮮明である現状では、

秘史を捏造するのも容易でしょうし、

また、別の見地から著された史書が存在したとしても、

それの真偽を図るのは困難、という事だと思います。

日本古代史そのものが、秘史なのですからね。

 

 

 

 この話はひとまずこれで終わりです。


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