about
このサイトは、立ち上げたときの目的というものがありますが、現在その目的からはかなりかけ離れたサイトになってきてしまいました。
当初の目的は何か、と言えば笑ってもらえるサイトを作ろうかと思っていました。つまり「ろじっくぱらだいす」の様なサイトを目指そうって思ったんですよ。
ただ、自分の生活が意外と単調作業の繰り返しということもあり、ネタを探しても見つからない、また、文章能力というもののせいもあるでしょう、その目的は半ばあきらめました。(サイト開設当時の文章にそれを目指したものがあります)ハイ、イイワケデス。
さて、本題に移りましょう。
弱い犬ほど吠える、人間も同じだと思います。自分が強いなどと言う気は更々ありません、自分の無力さに失望したり、失恋して涙することもあれば、自分や他人の理不尽な行動に腹を立てることもあります。死んでしまいたいと思ったこともあります。 そんな自分であっても、夢や目標を持つことは出来ます、なりたいもの、こうありたい自分、それが100%できているならばこのサイトに書いたりはしません。
自分だって、命は1つしかないし、生活だって楽な方がいい、お金だってないよりもあった方が(断然)いい。そんなことは当たり前で、誰だって基本的にそうだと思います。 ただ、それは生存本能としての欲求から派生するきわめて原始的な、原始的というのが悪いのであれば、生きてゆくのに不可欠な欲求だと思います。
我々は、幸いにしてこの国に生まれ、この時代に生まれ、明日自分が死ぬかもしれない可能性がきわめて低い世の中に生きています。また、異論はあるでしょうが身分というものも存在しないと言っていいと思います。特に、このページを読んでいる人達にとっては、更にその可能性は高いと思われます。 悩まされるべき身分がない、と言う意味ですが。
さて、本来明日をも知れぬ我が身であるはずの生き物が、その難関をクリアーしている(ように見える)状態になった場合、その生き物はどこにゆくのだろうというのが、今回自分が話したいところです。
趣味に生きる、仕事に生きる、何もせずに生きる、欲張りに生きる、いろいろな選択肢がありますが、自分は何かを犠牲にしたり捨てることなく、(あくまで自分が考える)「人間として生きる」事をしてゆきたいと考えています。
それは何であるか?自分にとっての答えはまだまだ少ないですが、このサイトにあります。恐らく自分がこのサイトの中で述べている問題に対する絶対的な答えはないはずです、千差万別、十人十色の答えが出てくるはずです。 まぁ、そんなことを言っては始まらないので、このサイトでは自分なりの答えを出しているつもりではありますけど。
自分は自分として、この中で書いてきたことが実行できたか出来なかったかを逃げることなく心に焼き付けてゆこうと思います。…ぐだぐだと後悔はしないように。
ここまで読んでおわかりの通り、自分が目指したいものがある以上、かなりのきれい事があります。…つまり人によっては「実現が不可能に近い正論」が多くあるように見えるでしょう、そういう側面があるのも否定しません。できっこない、なに言ってんだ馬鹿野郎と、言われるのであれば、どうぞと言うより他ありません。
人間という生き物は、大変特異な生き物です。過去の人間・歴史から学びとることが出来る生き物です。
言うなれば、誰もがアインシュタインの残した研究結果のおかげで彼の上をゆく研究が出来るし、徳川家康の歴史小説を読んで学ぶところがある人は多いでしょう。 人間は少しの天才によって大いなる・多くの有象無象によって少しの、しかし着実な、進化をしてきました。そして、これからもしてゆくことでしょう。
ならば、どちらが進化、退化のベクトルであるかはまずさておき、本人の事情によって揺らぎやすい部分、人によって道徳とか倫理とか場合によっては正義であるかもしれませんが、その部分を自分としてある種とことん追求してみようかなというのが自分の今の方向です。 ただ、ここで誤解をして欲しくないのがこれは、自分の正当性を認めさせる・自分が勝つということが目的ではありません。そのような行動は、いらぬ新たな軋轢を生む結果となってしまうからです。そのような方向ではありません。
あ、勘違いしないでくださいね、絶対に自分の命を捨てて他人の命を助けるといったレベルの話ではないですよ、そこまで自分の命のバーゲンセールをするつもりはありません。 ただ、自分のこの考え方を突き詰めるとその部分がありになってしまうのかもしれませんが。(この部分は、いずれ書こうかなと思っています)
わかりやすく言うならば、幸せが1つで、それを享受できる人間が二人の場合で、二人でその幸せを共有できないと言う前提であっても、どちらかに択一的にしないでじたばたとうんうん悩み続けるというレベルだと言ってもいいかもしれません。勿論どうしても択一的に選ばなければならない、結果的にそうなってしまうのならばならば、ダメージを極力少なくする手を尽くすのは当然、という話です。
何だよ、同じじゃないかとおっしゃる方、あなたが批判をするために批判をしているのでないならば、恐らく同じなんだと思います。 違うところがあるのだとすれば、自分が出来ない(と、自分であきらめている)ことを言っているからといって、その人間を全否定しない点だけだとおもいます。更に言うなら、そのようなことをして自分を肯定させても自己満足にしか陥らない空しさに気が付けば、中傷まがいのメールは出さないと思います。
考えてみてください、人から「ありがとう」と言われた時のことを。そのときに「何偽善者ぶってるんだよ」と言われたなら何と答えていますか?答えますか?
線でつながってると思うんですけどね。
ま、どちらにしても今の自分の状態では弱い者の遠吠えでしかないですから、力を付けている課程であるのは事実です。
「弱い」者にしか「強い」「正論」は吐けないじゃないか、と言われないように頑張っていくしかないですね、今の自分に出来ることは。 ですから、今現在のこのサイトの一番の目的は自己確認です。実はもう一つありますが、それは内緒です。
2000/06/30
注
この文章はある中傷まがいのメールに対して書いたものですが、ある意味このサイトの紹介文になっていると思ったので、ここに掲載いたします。(若干手直しアリ)気分を害されたのであれば、失礼いたしました。ご精読ありがとうございました。
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