誠に申し訳ありませんが、2010年度は講座を開講しません





     

(このコンテンツについて)
関西認識研究会は、近畿(主に京阪神・和歌山県)を中心とする大正ロマン・昭和モダンあふれる美しい景色や、突っ込みどころ満載/奇妙奇天烈な景観について、ときには慈母のように、ときに猛毒なる批評精神をもって解説しております。同趣旨の内容は、カルチュアセンター・NHK文化センターの講座で詳しく解説しております。

いつ、どのようなところを回ったか・回っているかについては、このページの下の部分(ただし、あまり詳しくありません)や、銀聲舎のトップページ(ページ下の方にある「認識研」のページにあらましが書かれております)もしくは北夙河不可止氏の骨董建築写真館(近代建築紹介サイトで、突っ込みが面白いです)を参照してください。

NHK文化センター講座「関西モダン建築探訪」 わたくしは2006年秋よりNHK文化センター・りんくう教室及び京阪守口教室にて大正ロマン・昭和モダン文化に関する実地見学講座を行っております(2009年秋から担当講師が変更となりました)。どんな何気ない景色もフィルターをあてて見ると意外なものが発見できるわけですが、講座では洋館・ベイサイドからお茶室まで日本の近代文化を縦横無尽に斬りまくっております。実際にビルの中に入って登ったり、食事を楽しんだり、とにかくエンターテインメント性の高いところがポイントです。





(パネル展「昭和モダン時代の和歌山サイトシーイング」について)
銀聲舎では、所蔵する観光地図コレクションより、昭和初期に作成された観光地図を中心にした当時の和歌山の観光趨勢がわかるパネル展示「昭和モダン時代の和歌山サイトシーイング」(A3・12枚組)を作成しております。右の図は入口に貼るキャプション(A3・2枚のうちの1枚)です。

第一部 いざ、南海の楽園へ!(南海電鉄・阪和電鉄の路線図、キャプション)
第二部 大和歌山のモダン時代(和歌山市の観光案内図、キャプション)
第三部 夢の南紀白浜(白浜の観光案内図、キャプション)
第四部 高野でスキーを/新宮ではプロペラ船を(高野山・南紀の観光案内図、キャプション)

  ←パネル(例) ↓






(各種テクスト/現在ダウンロードできません)
大正ロマン・昭和モダン文化ノート 当時の衣食住・生活文化のほか、化粧品の流行や欧亜連絡、各種博覧会といったテーマをもとに、大正ロマン・昭和モダン文化(1920〜30年代に関する日本文化)を概略したノート。銀聲舎内・カルチュアセンター用の教材として使用しておりますのでダウンロードできません。なお、内容を増補したうえで銀聲舎出版会で発売することとなりました。詳細は後日発表します。

  ←内容はこんな感じです。

京都アンティーク講習会ノート 2007年11月に実施した京都でのアンティーク・ヴィンテージグッズの見方に関する講習会のテキストです。

RU−近代建築プロデュース わたくしどもが運営する銀聲舎が和歌山市内にある登録有形文化財のビルヂングを活用した際の記録です。現在、銀聲舎出版会より「近代建築プロデュース」(ISBN978-4-9904749-0-4)として発行・発売しております。





(和歌山篇)


ぶらくり丁篇(2002年バージョン) (本文より)昔の国鉄気動車を思わせるようなオレンジと緑の色調といい、プロッタで書いたような字体といい、「働らく晴着」というコピーといい、いずれをとっても昭和40年代という時代の持つ荘重さを感じさせ素晴らしい。こんな看板が堂々と残っているなんて感激である。(2002年12月)

ぶらくり丁篇(2009年バージョン) (本文より)閉鎖されている店舗も散見するが、中からオバチャンの嬌声や音の外れたカラオケなどがじゃんじゃかと聞こえてきて、昨今の夜カフェに集う草食男子をあざ笑うかのように健在ぶりをアピールしている。(2009年6月)

小野町デパート篇 (本文より)立派な御影石(花崗岩のことを関西では「御影石」という。神戸市には御影石町という地名がある。)の一枚ものによるイオニア式のオーダー(柱)。イオニア式のほか、コリント式・コンポジット式などもある。こういった用語をあわせて覚えておくととても便利である…(2007年5月)
Architectural mapの記述

紀三井寺/和歌浦篇・1 (本文より)古風あふれる建物が美しい、と言いたいところだが、頑迷固陋にして因循姑息の輩が建てたとしか言いようのない柔軟性も何もない新興宗教の本山のような宗教建造物に吃驚させられる。…(2003年12月)

和歌浦篇・2 (本文より)最近、青色のダイオードが安くなったせいか、青い電飾がとみに増えてきた。恋人同士が青々とした電飾を見ながら「綺麗ねえ」と言っているその横で、おばはんが「寒いだけや」と突っ込んでいたのに笑ったことがある。…(2009年6月)

南海和歌山市駅篇(2007年バージョン・公開してません (本文より)駅前の超一等地には自己主張が度を越した下品な看板(特にサラ金)が多いが、和歌山の場合、まだまだ広告看板の容量に余裕がある。彼らをして広告を手控えさせる「何か」が和歌山にあるのかもしれない。…(2006年6月)

和歌山負の遺産篇(2007年バージョン・公開してません (本文より)それはともかく、つつじが丘はマイホーム信奉者の支持を得て売れ行きはことのほかよろしいようで、毎日新聞の報道によると、『市は「予想を上回る結果。市場価格に合わせれば需要はある」としている。』。(2007年11月)



(和歌山以外篇)

大阪大南(オオミナミ)篇・1 (本文より)阪南住宅、なんと大正時代につくられた二階建て文化住宅(当時はものの名前に文化と付けることが流行した)がそのまま残っていて、それも1軒2軒ではなく、いくつもいくつも連なっていて圧巻である。以前千里中央を歩いたときに砂利道が残っていたのにはびっくりしたが、大阪市内でも阪南住宅のあるあたりは砂利道が残っている。…(2007年7月)

大阪大南(オオミナミ)篇・2 (本文より)改札前の天井に大きく飾られている「紀伊半島名所図絵」に注目、昭和30年代につくられたこの地図は、南海電鉄は大阪・和歌山や淡路島に鉄道網をはりめぐらせ、新宮まで直通していたことを物語っている。…(2007年7月)

南海電鉄ステンドグラス駅舎篇 (本文より)この駅舎は仮にステンドグラスがなかったとしてもとてもお洒落な駅舎であると思う(写真左・右)。なお、5枚組のステンドグラスの意匠は浜寺の松、海の向こうに描かれている島は淡路島である。…(2007年12月)

田尻歴史館(旧谷口邸)篇 (本文より)南海吉見ノ里駅から歩いて10分ほどのところにある。場所は地元民以外にはわかりにくい。綿業で一大財産を築き、「綿の王」とよばれた谷口房蔵氏(大阪合同紡績社長)によって大正11年に建てられたとのこと(棟札があったそうだ)。…(2007年5月)


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