根府川の海


根府川
東海道の小駅
赤いカンナの咲いている駅

たつぷり栄養のある
大きな花の向うに
いつもまつさおな海がひろがつていた

中尉との恋の話をきかされながら
友と二人こゝを通ったことがあつた

あふれるような青春を
リュックにつめこみ
動員令をポケツトにゆられていつたこともある

燃えさかる東京をあとに
ネーブルの花の白かつたふるさとへ
たどりつくときも
あなたは在つた

丈高いカンナの花よ
おだやかな相模の海よ

沖に光る波のひとひら
あゝそんなかゞやきに似た十代の歳月
風船のように消えた
無知で純粋で徒労だつた歳月
うしなわれたたつた一つの海賊箱

ほつそりと
蒼く
国をだきしめて
眉をあげていた
菜ツパ服時代の小さいあたしを
根府川の海よ
忘れはしないだろう?

女の年輪をましながら
ふたゝび私は通過する
あれから八年
ひたすらに不敵なこゝろを育て

海よ

あなたのように
あらぬ方を眺めながら・・・


NEBUKAWA STA.

作者は、茨木のり子さんという大正15年生まれの詩人。彼女の代表作“わたしが一番きれいだったとき”や、“自分の感受性くらい”は、国語の教科書に使われているので、何処かで読んだ事のある方も多いと思います。また、“学校”という詩の結びにある“飛びたつ者たち 自由の猛禽になれ”というフレーズは、卒業文集の贈る言葉などにもよく使われていますね。
東海道本線根府川駅。紺碧の海を見下ろす高台の無人駅です。薄緑色に塗られた木造の跨線橋からホームに降りると、終戦から50年以上経った今でも、赤いカンナの花が咲いていました。

興味を持ったという方は、下記のサイトもどうぞ。

二十歳のころ(インタビュー集) 〜茨木のり子
http://www.sakamura-lab.org/tachibana/hatachi/ibaragi.html


■CLOSE■

COUNTER Valid HTML 4.01!