0027. 「安打製造機」、逝く

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2026年9月10日掲載

 また一人、野球界のレジェンドが旅立たれた。

 ヒットは2,000本打って「名球会入り」とされるが、その1.5倍を積み重ねた。イチロー選手が日米通算記録でそれを上回ったが、依然として日本球界の記録は、張本勲さんが持っている。

 昭和34年(西暦1959年)にプロ野球界でデビュー、同期生には、王貞治・村山実・板東英二・江藤慎一など、錚々たる面々が名を連ねた。その中にあっても、遜色のない活躍を果たした。

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 私が野球を見るようになったのは、昭和60年(1985年)の、阪神タイガースが初の日本一を果たした頃からなので、残念ながら張本さんの現役時代の姿は見たことがなかった。しかし、昭和52年(1977年)の王選手が756号のホームランを放たれた小学校低学年の頃にも、「巨人に王選手と一緒に張本選手という強打者がいる」ということだけは知っていた。成長するにつれ、「張本さんのバッティングフォームを見たい」という思いに駆られ、ときどき過去のスポーツ映像を放送する番組で、その姿を見ることができた。

 独特の「広角打法」と言われるスイングだったが、幼い頃に右手に大けがを負われたらしく、それを猛トレーニングで克服して強打者となったと知った。

 プレーする姿だけでなく、ただ「張本さんが見たい」という思いが強くなった頃に、日曜朝の「サンデーモーニング」に出演されている、という事を知って、すごくうれしくなった。その上、視聴してみると、おっしゃることがこの上なく痛快で、何度も「よくぞ言ってくれた」という思いにさせてくれた。いろいろ批判はあったが、私はまさしく「硬骨漢」という信頼のような気持ちを抱いて、いつもその発言を楽しみにしていた。

 最近はすっかり偏向番組と化してしまった同番組だが、張本さんが出演されると分かった回には、午前9時頃から始まるスポーツコーナーだけ見ることにしていた。

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 ひときわ印象深い発言がある。

「一流の野球選手は、一流の役者であれ。」

という言葉だ。「演じる」、「なり切る」。その場に集中し、没頭し、自分の任務・使命をまっとうせよ、と言わんばかりの言葉に、野球選手のみならず、今の政治家にも当てはまり、人としての生き方も語ってくれたかのような言葉は、今でも深くていい言葉だと胸に刻まれている。本当に、ずるくて汚い手練手管(てれんてくだ)の渦巻く国際社会において、日本の取るべき外交姿勢に最も必要な精神をも言い得た金言だと思う。

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 「喝」「あっぱれ」、もう聞けなくなってしまったが、天国からずっと言い続けてくださる姿を、思い描きたい。


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©2017 KONISHI, Shoichiro.