0010. 人間の強さと弱さ

戻る

2024年7月29日執筆

 今開かれている、2024年パリオリンピック。ここでまた、「人間の強さと弱さ」を考えさせられる出来事が起こった。

 柔道女子で、お兄さんである阿部一二三(あべ・ひふみ)選手との兄妹五輪連覇を期待された日本代表の阿部詩(あべ・うた)選手が2回戦で敗れ、メダルなしに終わった。問題はその後。

 詩選手は、人目をはばからず延々と号泣し、その絶叫とも言える泣き声は、テレビを通してもよく聞こえた。私は、これと似た光景を、二つ思い出した。



 一つは、2016年のリオデジャネイロオリンピックの、レスリング女子の吉田沙保里選手、もう一つは、1996年のアトランタオリンピックの柔道男子の、古賀稔彦選手の、いずれも同様の、勝負に負けての号泣である。

 国中の期待を背負ったこれらの選手たちの努力は並大抵のものではないことは分かるし、落胆が大きいことも理解できる。

 同情の声も多数寄せられたが、私には、人前で派手に号泣する姿が、すごく身勝手で、自己中心的に思えた。

 彼ら彼女らは、そこに至るまでに、数多くの選手を負かしてきた。勝負には、勝つ者と負ける者が存在する。勝てばうれしいし、負ければ悔しい。彼ら彼女らに負けてきた数多くの選手は、その悔しい思いを、今まで味わってきたのである。そのことはどうなるのか。

 吉田沙保里選手は、勝った時は肩車して走り回ったり、意味のない首投げを連発して見せたり、はしゃいで回っていたし、古賀稔彦選手の敗戦の弁は、「金メダルじゃないと納得できない」というものだった。そこには、勝負を戦った相手の存在というものが、すっぽりと抜け落ちているのではないか。



 厳しいようだが、彼ら彼女らを中心に、地球は回っているのではない。

 この機を境に、勝負に負けた者の気持ちというものを、理解してもらいたい。

+++

 私が、スポーツ選手で「この人は本当に強い」と思った人が二人いる。陸上長距離の谷口浩美選手と、打撃系異種格闘技K-1(ケーワン)のアンディ・フグ選手だ。

 谷口選手は、1991年の陸上競技世界選手権のマラソンで金メダルに輝き、翌1992年のバルセロナオリンピックでは、金メダルの最有力候補と目されていた人である。

 オリンピック本番、まさかのアクシデントが発生した。谷口選手の近くを走っていた選手に靴を踏まれたと報じられたが、靴が脱げ、先頭集団から脱落したのである。靴を拾いに戻り、履き直して、走り直したが、先頭集団からは大きく後れを取った。そこからがすごかった。

 不明確だが、50位くらいまで順位を落としたところから猛スパートをかけ、8位入賞をはたしたのである。そして、私は、レース後のインタビューへの、谷口選手の次の言葉に感動した。

「いやあ、こけちゃいましてね。靴拾いに帰ったんですけれども、あれがいけなかったですね。まあ、精一杯やりました。」

 落胆することもなく、平然と言ってのけたのである。



 もう一人の、アンディ・フグ選手。

 彼は元々空手の選手で、1987年の極真空手世界大会で、日本人がずっと優勝を守っていた時期に、優勝した日本人の松井章圭選手に肉薄して敗れて準優勝したりして、注目されていた。そこから、ほぼキックボクシングルールであるK-1に鳴り物入りで転向して、その動向が注目された。

 ところが、K-1では慣れないルールのせいか、何度もKO負けを喫し、失望したファンも少なくなかった。1993年にK-1に転向して、3年後の1996年に、念願のK-1グランプリの王者となった。

 しかし、まだ波乱は続いた。「現役のK-1チャンピオン」として臨んだ1997年の数々の試合で、3月にピーター・アーツ選手に1ラウンドKO負け、7月にフランシスコ・フィリオ選手に同じく1ラウンドKO負けを喫し、9月に初戦が行われる1997年のK-1グランプリ大会では、フグ選手を優勝候補に挙げる人は、ほとんどいなかった。

 しかし、ふたを開けてみれば、1997年のグランプリ大会ではピア・ゲネット選手にKO勝ち、佐竹雅昭選手にKO勝ち、ピーター・アーツ選手に判定勝ちして決勝戦に進み、決勝戦でアーネスト・ホースト選手に僅差の判定で敗れて、準優勝したのである。

 私が感動したのは、試合後のレセプションでのインタビューに対する、フグ選手の次の言葉である。

「私はよく負けるので、『本当は弱いのではないか』などいろいろなことを言われますが、どんなことを言われても私は絶対にあきらめません。」



 人間の本当の強さとは何か。

 私のこれまでの経験から言えば、それは、勝った時や成功したときにではなく、負けたとき、失敗したときに現れる、と考える。

+++++

 作家の三浦綾子の言葉とされているが、次の言葉を思い出した。

「つまづくのは恥ずかしいことじゃない。立ち上がらないのが恥ずかしい。」


谷口浩美 アンディ・フグ
戻る

Copyright(C) 2017 KONISHI, Shoichiro. All rights reserved.