會津三園會 詠草



蚊遣火
     

燻ぶても燻ぶあとよりおそいきて 蚊やりひまなく夜は更けにけり


人形        

青い眼の雛をいだきて少女子(おとめご)の むつびあそぶも楽しげに見ゆ


避暑
        

東山清き川辺にゆあみして 夏の暑さも忘れけるかな


短艇競争

見る人のこころの波もさわぐなり おく(遅)れさき(先)たつ舟のきおい(競)に


花留人
     

麓より駒はかえして飛鳥山 今宵は花に宿をからまし


            

鐘の音は麓に消えて山寺の 梢に一つ星のきらめく


林間泉     

山松の林のもとに湧き出でし 流るる水の音も涼しき


干(盂)蘭盆

亡き人の魂もこよいはかえりこん 門にたく火の烟りしるべに


折句 かきつばた

川つたいきしの木かげに釣するは 花見るよりも楽しかりけり


暮春鴬     

鴬の声は聞けども春ふけて 人かげもなきうぶすな(産土)の杜


            
物すごく見えもするかな大空に 雲立ちのぼりかみ(雷)の音する


折句 かきつばた

雁金は北にかえりてつばくらめ はやくも古巣たづねきにけり


            

汲む水を桶にみたして賎(しず)の女(め)が いただきありく伊豆の大島


五月雨     

さみだれに川みなぎりてこのごろは わたす小舟もあやうげに見ゆ


江夏月
     

さし汐に小舟うがべて堀江川 こよいの月夜すずみあかさん


            

いかのぼり(凧)大空たかくあぐる子は 風をたよりにおもいけるかな


思恋        

恋ゆえに身はいたつ(労)きとなるまでに おもうこころぞくるしかりける


若菜
        

おとめ子が褄(つま)からげして若菜つむ のべこそきょうは春めきにけれ


追羽子     

空に飛ぶ蝶とも見えておとめ子が つく追羽子(おいばね)に春風ぞ吹く


春恋        

春雨の軒の雫のいとながく まつよは袖のかわくまもなき


早蕨
        

折りためて都の友におくらばや もえいでそめし岡の
早蕨(さわらび)


新竹        

日のみ旗かかぐる竿となれよかし ますぐにのびし庭の若竹


運動會     

見る人はほめそやしけり少女子が 学びの庭に競(きお)うすがたを


祝 節子姫

姫松の千代の根ざしを見るからに そら舞う田鶴もおりてあそばん

渕にのみすむちょう亀もおどり出て おのがよわいを君にささげん

よろこびをかわすことばにどよむらん いいもり山の苔の下にも


春眺望
     

吉野山花のさかりを身わたせば ゑにもかきえぬけしきなりけり


名所鶴
     

住の江の渚にあそぶ友づるの のどけき声に千代ぞこもれる


初秋蝉     

秋きぬと物ぞかなしきはじめにて 蝉の鳴音も淋しかりけり


            

傘もてといいし子らはいなみゆき そぼふる雨にぬれてかえれり


海上月     

見ぬ人のおおきぞおしき松島の 海をはなれてのぼる月かげ


            

かぎりなく嬉しかりけり夜をこめて いそぐ山路の暁のそら


折句 はぎのはな

羽黒山木々の下道のぼりきて 晴れたる空をながめけるかな


杜紅葉     

色かえぬ常盤の杜にただ一木 混じる紅葉のうつくしきかな


            

朝まだき神もうでしてただひとり 里道くれば犬のとがむる


庭落葉
     

散りつもる庭の落葉をあつめおきて 冬の薪のしろとなさばや


            

まどい(団居)して夕餉の箸をとりながら 子らとかたるも楽しかりけり


袈裟御前 

背を思う道一すじに濡れ髪の 露と消えにし君のおおしさ


竹林雪     

小雀の声も聞えずなりにけり 庭のむら竹雪にうもれて


            

おさなどき母の衣ぬうかたわらに ふみよみし夜は楽しかりけり


新年雪     

年ほきにこし友人と酒汲みて ともにながむる庭の初雪


活動写真 

写しゑに動ける人は見えながら 物いわぬこそ恨みなりけれ


梅薫風
     

青柳の糸咲きみだる薫風に まずしりそむる園の梅が香


飛行船     

空かける船にしのればアメリカも 近き隣にゆくここちせり


余寒月     

さえかえり雪の玉水音たえて 軒のたるひ(垂氷)に月ぞうつれる


蓄音機     

笛の音も琴のしらべも玉くしげ みなこの箱にこめて聞くなり


露中花     

立こめて桜はしかとわかぬとも 露や花のにおいなるらん


自動車     

妹と背のちかいなるらしみ社の 門にとまりぬ
瓦斯(ガス)の車は


庭新樹     

鯉のぼりあげおろすにも我庭は 若葉しげりてせばくなりぬる


見新聞     

朝なあさなまち詫びて見る新ぶみも 一日過れば捨てられにけり


暁水鶏     

いくたびかかたく水鶏にゆめさめて 窓の戸しらむ小山田の
(いお)


汽車旅


故郷(ふるさと)の空をあなた(遠い向こう)とながむれば 汽車の旅路ももどかしきかな


湖上月
     

赤壁もおもいいでけり舟うけて 月にふけゆく志賀の水海


扇風機
     

夏の日のあつさもきょうは忘れけり 涼しさかよう風のうつわに


聞 ラジオ


おもしろくきょうも聞きけり都より ひびくおとめの琴のしらべを


夕納涼
     

ここかしこ船さしよせて角田川 くだる夕は夏なかりけり


月前薄

夕月夜一(ひと)むら(群・叢)すすき(薄・茫)招けども 野辺のほそ道あう人もなし

電灯遍

いなづまの糸うちはえて夜の市(まち)を あまねく照らす軒のともし火



■飯沼貞雄(雅号 : 孤舟)の詠歌を収めた「會津三園會 詠草 自昭和四年 孤舟」(飯沼家蔵)より、飯沼氏の許可を得て転載させていただきました。


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