長州紀行2003 下関・萩・山口

 


関門海峡。向こうは北九州です。

2003年11月22〜25日 吉田沙羅

 

今回の旅の同行者は、2323さん。下関、萩、山口を車で案内していただきました。しかも最初の2日間は宿泊もお世話になりました。何から何まで、本当にありがとうございます m(_ _)m
写真はこのページ以外に
史跡探訪のページで沢山紹介していますので、合わせてご覧下さい。

 

 11月22日(土) 晴時々曇り

午前10時19分、新下関駅に到着。迎えに来てくれた2323さんと、途中、海沿いのドライブを楽しみながら、まずは川棚温泉方面へ。名物の瓦そばを「たかせ」にて賞味の為です(笑) 現代版小説(REAL LIFE)にも登場させたので、作者としては是非食してみたかった瓦そば。ガイドブックによると、西南の役の際、野戦の合間に兵士達が瓦で野草や肉を焼いて食べたという逸話をヒントに、初代店主が考案した料理、とあります。熱い瓦(この瓦が特許だそう)の上に上質の宇治茶から作った茶そばと牛肉、錦糸玉子、海苔などを乗せて焼き、特製のタレでいただきます。一人前1000円でした。

美味しい昼食を終えた後、東行庵へ。その途中、奇兵隊士の像を発見、見に行ってみました。奇兵隊陣屋跡公園、とあり、吉田地区の方々が有志で管理されているようでした。一応 "公園" となっていますが、辺り一面…畑!(笑) それでも、下関の人々にとって、奇兵隊は本当に身近な歴史なんだなぁ、と実感しました。
そして、東行庵。言わずと知れた高杉晋作の墓所です。晋作の没後、その菩提を弔った愛人おうの(梅処尼)のお墓が晋作のお墓の近くにあり、奇兵隊士のお墓もここに集められています。今年は冷夏で天候不順だったせいか、紅葉は今ひとつでしたが、夜にはライトアップされるようでした。
一時閉館になっていた東行記念館は、再び開館されています。が、所蔵品は随分減ったようです。高杉氏が遺品を撤収され、学芸員をされていた一坂太郎氏が去ったあと、館内は寂しい感じがしました。まぁ、撤収された晋作遺品は来年、萩の新しい資料館で見れるはずなので、よしとしましょう。

帰り道、小野田市にある来嶋又兵衛誕生地に寄りました。記念碑と案内板が建っています。こちらも地元の方が管理されているようで、きれいに整備されていました。
この日の宿は、2323さんのお宅でお世話になりました。ワインと美味しいお料理をご馳走になり、暖かいおもてなしをしていただきました。どうもありがとうございました!


東行庵の近くにある「晋作橋」。

 11月23日(日) 快晴、風強し(笑)

朝8時30分に出発、関門海峡を眺めながら赤間神宮へ。源平の合戦、壇ノ浦の戦いで敗れた平家一門と共に僅か8歳で入水した安徳天皇をまつる神社です。境内には平家一門のお墓や耳なし芳一をまつる芳一堂があります。宝物殿には平家に関する資料展示もあるので、興味のある方は是非ご覧になってください。竜宮城を思わせる水天門、阿弥陀寺陵は素晴らしいです!
次に日清講和記念館へ。講和会議が開かれた旅館春帆楼の敷地内にあり、明治28年4月17日、伊藤博文と李鴻章が日清講和条約を締結した際のテーブル、椅子、フランス製のストーブ、火鉢などの調度類や資料が展示されています。李鴻章道(李鴻章が宿に戻る際に使った裏道)を少し通って、亀山八幡宮へ向かい、亀山砲台跡を見学。ここには世界一大きいフク(河豚)の像がありました!←ほかに河豚の像がある場所ってあるの?(笑)
床屋発祥の地を見て、旧下関英国領事館へ。ここでティータイムの予定でしたが、お店が開くのが午後12時30分とのことだったので諦め、内部を見学しました。調度品が素敵です! 外観は2階建ての赤煉瓦造り。東京駅などと似た、オランダ建築風でした。
それから、みもすそ川公園で、壇ノ浦砲台跡を見ました。こちらは砲台の模型が置かれています。

その後は車で長府へ。功山寺の『吉祥』という精進料理のお店で昼食です(かゆ御膳、一人前2500円)。精進料理だけに、あっさりとした味付けですが、とても美味しくいただきました。昼食の前後に、功山寺観光をしました。馬に乗った晋作像、万骨塔、などなど。長府博物館にも入ってみました。長府は萩と同様、こじんまりとした城下町です。長府毛利邸、管家長屋門、侍屋敷長屋(長府藩馬廻り役220石取りの武家の長屋だそうです)などを散策。

長府から再び下関中心部へ戻り、冬湖さんとの待ち合わせ場所、光明寺へ。文久3年、5月10日の攘夷期限を得て、京都から下関に向かった久坂玄瑞率いる一党、所謂「光明寺党」が本営としたお寺です。境内、狭いです。2323さんが「2分で見終わる」と言った理由が解りました(苦笑)。
そのあと3人で桜山招魂社へ行きました。松陰先生の隣に松門の双璧と呼ばれる高杉と久坂、その隣に稔麿と入江。四天王が先生の両脇を固めていました。それから、冬湖さんに「晋作が身を隠した井戸」、「高杉晋作終焉の地」に連れて行ってもらい、厳島神社参道入口にある萩藩新地会所跡へ。神社内で、晋作が小倉戦争の際に持ち帰った(分捕ってきた)大太鼓を見ました。実はこの夜は、午後7時からすぐ隣の『晋作』で、一坂太郎先生とお会いすることになっているのです。約束の時間にまだ少し早いので、喫茶店でティータイムをして、厳島神社に戻ってきました。このお店『晋作』は最近できたばかりだそうです。串焼きや焼肉、その他居酒屋さんにありそうなメニューが揃っていて、お値段も手頃です。一坂氏がお二人の同行者(Kさん&Sさん)と一緒に来られ、総勢6名での歴史&雑談会となりました。何処にあるのか判らなかった長泉寺(光明寺党が光明寺の前に陣取ったお寺)の場所を教えていただいたり、来年出される本の話や、マツノ書店から復刻される『久保松太郎日記』のお薦め等など。雑談も多かったけれど、一坂先生の気さくなお人柄が感じられ、楽しかったです。冬湖さんと私のせいか、先生もいつしか関西弁モード復活されていたようです(笑)。その後、『下関新地観光ガイドマップ』を作られた、地元の方々とも雑談。皆さんとても活気があり、賑やかでした!

飲み会のあと、午後11時をすっかり廻っていたにも拘わらず、一坂先生に「高杉晋作病気療養の地」や長崎出身で長州藩に招かれて下関に砲台を造った西洋砲術家の中島名左衛門が暗殺された地、晋作達(その他風流人たちも)が舟遊びをしたという場所を案内していただきました。自分達だけでは絶対行けなかった、また知らなかった場所を教えていただいたのは、得がたい体験でした。一坂先生、冬湖さん、Kさん、Sさん、そして勿論2323さん。どうも有難うございました!!

 11月24日(月) 晴れ

朝9時頃に出発、大田・絵堂の史跡巡りからこの日は始まりました。大田・絵堂は、元治元年12月15日に高杉晋作が藩政府との戦いを決意して功山寺で決起し、下級武士や農民を中心とした諸隊が萩を目指して進軍中、慶応元年正月に政府軍(いわゆる俗論派)と衝突した地です。これが「大田・絵堂の戦い」で、激戦に勝利した諸隊は勢いに乗り、やがて藩論を倒幕に一変させ、明治維新への道を歩むことになったのが、この地を維新発祥の地と言われる所以だそうです。高杉、山県、伊藤がここで会議を開き、戦勝祈願を行なったと言われています。境内には、記念碑のほか、奇兵隊が小倉から分捕ってきた石燈篭(戦勝祈願の為に使用)もあります。車がないと行きにくい場所ですが、なかなか見応えのある史跡です。

その次は萩です。まず松陰神社でお参りをして、稔麿生誕地へ。それから団子岩のお墓参りです。久坂が『江月斎日乗』で、この地の松陰先生のお墓にお参りし、萩城を見渡した、と書いていますが、その久坂や稔麿、高杉のお墓もここにはあります。先生の傍らで、彼らは今の時代をどう見ているのでしょうか…。
昼食は、菊屋家住宅近くのお店『わらじ』で。昨年訪れた時と同じ山菜の炊き込み御飯をオーダー。美味しかったです♪ 食後は、久坂玄瑞誕生地に行きました。ここも萩に来ると必ず訪れる場所です。

別れを惜しみながら、一路湯田温泉へ。予定していた時間通りに松田屋ホテル到着です。今回の私達の部屋は、『久坂』! 隣は『晋作』、向かいは『博文』と、この辺りは幕末著名人の名前が部屋に付いています。
創業300余年、幕末には長州の志士達をはじめ坂本龍馬、西郷隆盛、大久保利通等が滞在・密会した『維新の宿』として知られる老舗旅館。昨年の旅で母と宿泊して、「湯田に泊まるなら、松田屋以外に考えられない!」と思うようになっていました。←贅沢者!
到着後、少し時間があったので、おおすみ歴史美術館へ。実業家の大隅健一氏が収集した、幕末を中心とした書や史資料が展示されています。個人が収集されたコレクションを公開していただけるのは、一般の歴史ファンにとって大変ありがたいですね。今回は、稔麿と久坂の書が見れて大満足。

ホテルに戻って夕食前に『維新の湯』に行ってみました。しかし先客が…。しかも、次に一家族待っておられたので、資料室を覗いたりして気長に待つことにしました。が、結局なかなか空かないので、諦めて先に夕食タイム。お料理は流石、松田屋! 超豪華です!! ふぐの刺身、海老、まぐろの刺身、たらばがに、長州肉(柔らかくてジューシーで美味!)、瓦そば、赤だしの味噌汁、ふぐの炊き込み御飯、デザート類…どれも美味しかったです。2時間くらいかけて、ゆっくりといただきました。
食後、『維新の湯』へ。今度は空いてました。(実は、ホテルの方が気を効かせて空いているかどうかをフロントに確かめてくれた上、キープしてくれたのです。この気の効いたサービス、流石です!)大理石の浴槽は万延元年(1860)建造、天井と壁の一部(木造部分)も当時のままだそうです。2323さんと二人で広いお風呂を占領、まったくもって素晴らしい♪ 今回もやっぱり長風呂してしまいました。

 11月25日(火) 曇り時々晴れ

翌朝、朝食(湯どうふ、ふぐ、味噌汁、しそわかめ等など)をいただいた後、七卿の碑や三条実美卿が植樹したという松、木戸・西郷・大久保が密会した東屋などがある庭園を散歩して、足湯でのんびりしました。足湯は昨春にはなかったので、その後に造られたようです(桂小五郎が書き物をするのに使ったという東屋を改築したようです)。熱いお湯に足だけ浸かっていると、身体中が暖かくなってきます。あぁ、幸せ! この次も絶対、松田屋に泊まるぞ!

チェックアウトした後、山口県文書館へ。閲覧したい史料を所定の用紙に記入して提出すれば、司書の方が出してくれます。見たい史料の題名をメモしてくればよかった、と思いながらも、『江月斎日乗』を見せてもらいました。それから、2323さんが依頼した『久保松太郎日記』を見て、面白い記述を発見。私が見たのは文久3年の一部分のみでしたが、稔麿や久坂の名前がちらほら出て来て、わくわくしてしまいました。個人が残した日記というのは、公的文書にはない、隠れた発見があったりするのが楽しいです。『久保松太郎日記』、マツノ書店さんに訊ねてみたところ、予約分だけでなくなりそう、とのことでした。やっぱ予約しとこう(苦笑)

昼食は、2323さんお薦めの小綺麗なお店で。フランスの雑貨やシャンパンのボトル、ジュースやミネラルウォーターの瓶などが飾られた、瀟洒な雰囲気が漂うお店です。置いてある雑誌もフランスのもので、ドアの open, close の表示もフランス語という凝りよう! お料理も美味しかったです♪
それから、お店で飼われている猫が可愛くて、私達がオーダーをした後ひょっこりやって来て、背中や顎を撫でてやったら、私の膝の上で気持ちよさそうに転寝してしまいました。よく手入れされた毛並みの、上品な猫ちゃんでした。すっごく可愛い (*^^*) しかも暖かかったし(笑)

それから、一ノ坂川沿いを歩いて、お土産屋さんへ。大内塗の小さな品を選びました。2323さんに教えてもらった話では、大内氏が山口で京都を模した都市づくりをした時、この川を賀茂川になぞらえたのだそうです。←帰ってから見たガイドブックにも、同様のことが書かれてました。
川幅が狭いので、高瀬川に近いかな、と思いますが、背景に山が見える風情は、流石に『西の京』と呼ばれるだけあります。川の両側を春には桜が覆う様は、とても美しいだろうな…と思いました。また、蛍でも有名なんだそうです。

夕方、午後5時ちょうどに新山口発の「のぞみ」で帰途につきました。京都まで2時間8分、随分近くなりました! というわけで、来年もやります、長州紀行!!


一ノ坂川。両側の木はすべて桜です。

 

長い文章、最後まで読んでくださって有り難うございました m(_ _)m
史跡案内ページの写真も、合わせてご覧くださいね。

Special thanks :
2323さん、一坂太郎先生、冬湖さん、Kさん、Sさん、下関・萩・山口で親切にしてくださったすべての方々、本当にお世話になりました。

 

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