煉獄アイルランド紀行


第6話「アランのキリスト」

 &Bの犬と遊んでいると、 サッシ戸を開けて、宿のおばちゃんが出てくる。こちらは なかなか感じのよい人である。おばちゃんに島の説明をしてもらって、今日はとりあえず ドゥン・エンガスまで歩いてみる事にする。 ドゥン・エンガスはイニシュモアの大西洋岸の岸壁にある遺跡で、世界的にも有名な ものであるので、日帰りを含む多くの観光客が向かうところである。
 たいていの客はレンタサイクルがツーリストのワゴン車で島を移動しており、 歩く人は比較的まれなようである。 確かに歩いている間、がんがんチャリに抜かれるのは癪に障らんでもないが、 犬さんたちと遊んでもらったり、牛を観察したりできるので、時間があれば歩くのは 悪くないのではないかと思う。

 B&Bを出た坂を登りきったくらいのところに、この島にはちと場違いな感じのする 像が立っており、道をはさんで像のあるのと反対側の丘には島を見渡せそうな塔が建っている。
 塔に登ってみると、この島は実に起伏が少なく、植物も少ないことがよくわかる。 この島はそこら中が洗濯岩みたいな岩で覆われていて、碁盤目状に組み上げられた 石垣が独特な光景を作り出している。この石垣は、ケルトの人たちがこの島に来る前から あったらしいから、かなりの驚きである。

 島を更に西に向かって歩いていくと、十字架のイエス像 がたっている。アランの景色と イエス像というのはなかなか絵になる組み合わせに思えるのだが、肝心のイエス像は、 ちっとつるつるして血色がよさそうなのがいまいちである。もっと鬱入ってないとあかんの ではないか?

 もう少し進むと一気に景色が開けてドゥン・エンガスが見とおせるようになる。メイン ストリートからドゥン・エンガスへの道の途中にはケルト十字のお墓 なんかが建っていて なかなかよい感じである。ちなみに、私の実家の窓から、向かいの駐車場を眺めると、 真ん中にお墓がたってるのがばればれである。これがケルト十字だったらいい感じかというと そういうことにはならないだろう。

 坂を登りきってドゥン・エンガスにたどり着くと、かなりの人だかりである。ドゥン・エンガス は遺跡ではあるが、これといったご本尊がある訳でなく砦の石垣が残るのみであるので、多くの 人はむしろ、岸壁の光景を楽しんでいるようである。実際、大西洋の荒波によって作られた岸壁 は、かなりきりたっており、少し身を乗り出すとまっすぐ下に海が見えそうであり、私を含む 崖フェチにはたまらないものがある。多くの人がうつぶせになって崖から下を覗いている光景は、 なんだかこたつの内側のようである。

   いよいよ、私もうつぶせになってみる番である。私は高いところはそんなに得意というわけでは ないが、覗くとまっすぐ下に海があるので距離感がなく、怖いという感じはない。ちなみに海面 からの高さは100m位あるらしい。ここで相棒でもいたら、背筋運動などしていたかもしれないが、 海がおいでおいでしてるような気がしてきたので引き上げることにする。

 ドゥン・エンガスを後にした私は、目当てのものを探すことができず、結局、大西洋と反対側の 海岸でたたずんでいた。こちらの海岸は大西洋側と違って穏やかで、湾内で漁をしてる船なんかも みえる。私は海とか川をただ見るのが好きだったりするが、 人が海をみたりするのはどんなときなんだろう。 ちょっとセンチな気分になりかけるも、辺りが暗くなり始めたのであわてて宿に引き返すことにする。 この島は街灯があまりないので、真っ暗になるとちょっと大変そうである。

 帰りの途中にも当然、あのイエス像はたっている。暗がりのなかでも、イエス様は相変わらず 血色がよさそうであった。


第7話「牛の島」

 日、B&Bで朝食を食べながら見る外の天気はいまひとつである。 それにしても、このB&Bのダイニングには宿主夫婦の若かりし頃とか、息子さんたちと思しき 写真がたくさんあって、日本なら勝手にしやがれと思うところだが、こういうところで 見るとそれはそれでよいもんだなと思う。

 B&Bのおばちゃんによると、島の船着場を挟んで、B&Bやドゥン・エンガスの反対側に、 ドゥン・エンガスと同じような遺跡 があるという。フェリーの出発は夕方なので、早速いってみる ことにする。まずは、島のメインストリートを船着場で左に曲がる道をすすんでみる。ここでは 、海鳥たちの無益で熾烈な争いを観察できたり、なぜか多くの日本人、それも女の子ばっかとすれちが ったりして、それはそれでよいのだが、目的の場所とはおよそ かけ離れているようである。

 今度は右側の道をすすんでいくと、そこから丘側へ入っていく道があり、これを抜けると目的地 にたどりつけそうな感じである。道の途中で見ることのできる丘の景色はなかなか美しいのだが、 急に海鳥いっぱいの一角が目に飛び込んでくる。そちらに、近づくとそれがなんであるかわかった。 島のごみ捨て場である。こういう現実を目の当たりにするのは必ずしも悪くないことではあるが、 気分がダークになっていくのは否めない。
 ダークな状況は更に続いた。坂を登りきったところで一気に景色が開けて唖然とした。 このままでは、またドゥン・エンガスにいってしまうではないか。 どうも、道をすすんでいる間に、方角がずれていったようである。
 あわてて道を引きかえす。正しくは一本先の道に入るべきだったらしい。こういう修正 の困難なのが徒歩のつらいところである。

 それにしても、この島の天気は変化が早く、 雨と晴れが10分おきくらいに交互に訪れるので、 傘を出し入れするのが面倒である。 フェイントで晴れなのに傘を差したままにして、天候を欺こうとするも、 なかなか雨になってくれなかったりして難しいところである。ここは、あのカスパロフをチェスで 破ったIBMのマシン、ディープブルーと対戦させてやりたいところである。 まぁ、そこまで行かなくても森田さんくらいでもいい。 しかし、このフェイント作戦、すれ違う人が怪訝な顔をする のでちょっと恥ずかしい。

 入りなおした道を上りつめると、一面黒みがかった石が敷き詰められた場所に出る。 人工のものなのか、自然につくられたものかはよく分からないが、これは、 幻想的というべき光景である。どうやら、目的地にたどりつくことができたようである。 ちょっと非現実的な光景に呆気にとられつつ、進んでいくと、大西洋に面した断崖にたどりついた。 そして、すこし左手には黒い石でできた城砦のようなものも見える。こちらの崖はドゥン・エンガス のものと比べて、形状が複雑である分、うちつける波の振る舞いもダイナミックで見ごたえがある。 ドゥン・エンガスに比べ、知名度が低いせいか、訪れる人も少なめなようだが、ここは最悪の場合、 ドゥン・エンガスを抜いてでも来るべきだろう。

 フェリーが出発するまでは牛でもみて過ごすことにする。アランは アランセーターで有名であるので羊の島かとおもいきや、この島には牛が多いのであった。 みかける犬も多分、牛のための番犬なのではなかろうか。

 いよいよ、アランを出発だ。B&Bの犬とお別れして、 ゴールウェイ行きのフェリーに乗り込む。行きと同じフェリーだから要領は分かってる。 前方でぬれるのは避けようと、後ろのほうにおると、行きには空だった 謎のスペースの正体が判明した。ここには、びっちりと生きた牛が詰め込まれていた。 とにかくスシ詰めである上に、床が相当すべるようで、鳴きっぱなしなのが、 見ていて哀れなものがあった。
 沈み行く夕陽を見ながら、西方の地にはなにがあったのだろうかと想像してみた。


第8話「ゴールウェイの夜」

 ェリーで1時間、再び私はゴールウェイに戻ってきた。今日も 泊まりはアランで予約したB&Bである。場所はスーパーとかがある大きめの通り沿いなので 、おとといのように迷うことはない。
 B&Bにたどりつくと、レセプションまであってもうこれはホテルに近い。レセプションには 学園もののドラマにでも出てきそうな、眼鏡でおさげの女の子が来て、バックパッカーね、と 声をかけてくる。別に私は貧乏性のサラリーマンというだけなのだが。

 旅先で飲むビールは、開放感がベースにあるせいか、格別なものであるが、ここ2日は 飲みそびれているので、今夜はパブ にいって、あわよくば音楽のほうも楽しみたいところである。 ゴールウェイは、そうした音楽の聴けるパブが結構あるので目移りしてしまうが、 今日はバンブルビーズ(うろおぼえ)とかいうバンドの演奏のあるところへ行く。 行ったパブは、数日後にはロン・セクスミスとかも来るようで 、比較的名のとおったところなのではないかと思う。
 来るのが少し早かったせいか、客はまだそんなに多くない。時間のあるのをいいことに ギネスやらキルケニー やらがんがんあおってると、暗い店内の雰囲気とあいまって、少しハイな感じになる。 そもそも、今日もたいしたものは食ってないのだ。すきっ腹なのでいっそうまわるのだろう。 ちなみに、すきっ腹に酒はさんざんなもののたとえだが、すきっ腹に蜂だったら もっとさんざんなことだろう。

 演奏の方は、パブのドアで仕切られた奥のスペースで行われるようである。時間になれば、 客の方も結構な入りである。客は若者より、そこらのおっちゃん、おばちゃんという感じの 方が圧倒的で、こういうところはさすがだとおもわせるものがある。日本でこういう感じ の地域があるとすれば、サンシンで踊りまくりの沖縄あたりであろうか。
 私と同じテーブルのおっちゃんは、テーブルのがたが気になるようで、2人してギネスの コースターで工作などして、がたとりに夢中になってしまう。

 バンブルビーズはアコーディオンやら、バイオリンやらによる トラッド演奏のバンドのようである。 結構、間近に聴けるせいもあってなかなかの盛り上がりである。休憩時間にはメンバーも、 そこらのテーブルで客と一緒にビールなんぞ飲んでいる。顔見知りでもいるのか?
 まぁ、たくさんの客に顔見知りがいるというのは、なんか互いに特権がもててよさそうだが、 顔見知りばっかで、なおかつ他人がほんのちょっとまぎれこんでいるというんだと、なんか 気まずくて困る。(高円寺でシュガーフィールズみたときは、そんな感じがした。 対バンは今をときめく ブラフマンで、こちらは客でいっぱいだったのに。ちなみにブラフマンのDsは当時まだ ちんこ丸出しで叩いていた)

 宿への帰り道は、おぼつかない足取りではあるが、迷わなくてすむのがちょっとうれしい。 ついでに、こんな風に音楽きけるところが、家から歩いてすぐのところにあったらいいのになと思った。


第9話「アクシデンツ アンド エマージェンシーズ」

 日酔いではあるが、今朝は早く起きねばならない。今日はゴールウェイ を出る日である。行き先は、昨晩にスライゴ と決めているが、バスの時間がわからないからだ。
 今日の行き先については、モハーで崖見物というのも捨てがたかったが、それではなんだか崖 っ淵旅みたいだし、コネマラまでいくのは交通上難がある。ゴールウェイから直にバスで行けて、 ダブリンへも列車で戻れるスライゴが残りの時間からして適当に思われた。

 この旅行は、私にとって初のヨーロッパ旅行であるが、他にも初めてなものがあった。今回は、 旅先でコンタクトレンズをする最初の機会である。そして 非常事態はこのコンタクトで起こった
 二日酔いで目がしょぼいせいもあって、コンタクトがとてもはめづらい。無理にまぶたをとじて いれようとした直後、視界が変わっていないことに気がついた。何が起こったかはすぐに分かった。 まぶたの裏にコンタクトを入れてしまったのだ。

 まぶたにコンタクトを入れるのは初めてではない。コンタクトをつかってすぐのころにも やったことがある。このときは、眼医者にいって、どこかに落としたのではないかとさんざん 聞かれた挙句に、とってもらった。一度、まぶたに入れてしまうと、コンタクトは折りたたまれた 状態になって落ちてこないのだ。
 まぶたでコンタクトが折りたためるなんていうと、口でサクランボ結んだりする芸当のようでも あるが、出せないんじゃ全然意味ないじゃん。これじゃ、金魚が出てこない人間ポンプと一緒である。

 ここアイルランドで眼医者に行くのはちと抵抗があるし、多分それだと一日無駄にしそうである。 どうせ、すべきことは分かっている。まぶたを引っ張って、落ちてくるのを待つか、なにか つっこんでほじくりだすかのどっちかである。小学校のフチモトという男(双子の弟)は、 両眼の上下のまぶたをひっくり返して、気持ちの悪い顔をするのが特技であった。当時は うらやましいなんて思うはずもないが、こんなときはそんな特技もあったらいいなと思ったり もする。

 ここでmy綿棒の登場である。綿棒自体は、海外で手に入らないということはないが、 発作的に耳がかゆくなったりしたときに手に入るとは限らないので、旅先では必携品と なっている。ちなみに職場の引き出しにも綿棒はある。
 覚悟を決めて、まぶたに綿棒をつっこむ。これをぐりっと動かして引き出してみると..グレート! 見事に折りたたまれたコンタクトがひっついているではないか。
 これを、再びはめるかどうかでひと思案したが、こんなことがトラウマになられても困るので、 今度は冷静にはめなおすことにした。最悪、眼医者に説明するために考えていた英語は、 お蔵入りの憂き目となった。


第10話「スライゴの羊は古代遺跡の夢を見るか」

 ールウェイから北アイルランドの デリー行きのバスで3時間強でスライゴに到着する。バスの風景 の変化を松崎ナオばりにわかりにくく説明すると、ちょこまか しておたおたした感じから、ゆったりしてへこへこした感じになる。
 終点のデリーは北アイルランドの都市であるが、 こうやってバスなんかで簡単に国境が越えられてしまうのが日本と大違いな ところである。私がアイルランドにいくといってIRAのことを 聞いた人がいたが、それは北アイルランドの話だ。そういえば、 カイ・シデンが恋心よせたミハル(うろおぼえ)が大西洋に散ったのも 北アイルランドのベルファストであった。(これは過去形でいいのか?)

 スライゴの町は、ゴールウェイのようにくねくねしてなくて歩きやすい。 B&Bにも楽に到着できた。今日は時間がまだまだあるので、 カアロウモア遺跡までいってみることにする。カアロウモア遺跡は 斑鳩にでもありそうな巨石を組み合わせた墓(?)らしい。スライゴ市街からカアロウモアまでの 道はおもいっきり住宅街の中ではあるが、それと分かる標識が至る所にあって 大助かりである。

 歩いて30分、遺跡公園はスライゴ市街を出た牧草地の先にあった。 時間が少し遅くなっていたので、入場できるか不安があったが、 レセプションらしきところが無人だったせいもあり、 楽勝で入ることができた。遺跡公園はバカッ広い草地に石が点々としており、 なかにはとても巨石とは呼べないようなものもいっぱいである。 ちょっと拍子抜けして、草地に転がって空を眺めると、 オゾンのにおいまでしてきそうな青々としてぬけるような空は 、清々しいというより不安な気分にさせるものがある。 牧草地の羊 なんかが加わってくると、 もうスペイシーでアシッドでサイバーでフューチャーで、なんか わけわからんくなってきた。

 遺跡公園を出て通りの反対にでると、なにやら目に付くものがあった。 巨石である。あの遺跡公園は一体なんだったんだよ。 こっちの方は石段を下って石室の中にまではいれるじゃないか。 全く紛らわしいことをしおって。悔しいので カアロウモアまでいった人はぜひだまされてみるように。(つづく)

#この原稿、ギネス飲みながら書いてるが、文章が乱れていると 思えなくもないのは、そのせいでないといえなくもないだろう。


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