煉獄アイルランド紀行
初めてのヨーロッパは
アイルランドの首都ダブリンである。なんといってもダブリンである。
かつて、私の高校の同学年に通称”浅野先生”という方がおったが、彼は留年した年、
下の学年のものに”ダブり浅野”と呼ばれていたものであったが、そんな、人によっては痛い記憶
を呼び覚ましかねないダブリンである。
ヨーロッパだからすんなり入国かと思いきや、入国の際に、パスポートコントロール
のところにいたおっさんに用紙の記入をさせられる。よくまわりをみれば、そうやって記入させら
れているのは日本人ばかりではないか。うーむ。
やはり、入国して最初の心配事は初日の宿なのだが、空港のツーリストインフォメーション
がかろうじて空いていたので宿を紹介してもらう。やはり、安いところは結構埋まっていて
、結局ダブリン市立大学を紹介してもらう。
休みの間、大学の寮を貸しているとのことである。
どうやって、大学までたどりつこうか思案していると、さっきの居残り日本人の一人の茶髪の
お兄ちゃんが困った様子でまだ空港のロビーにいる。
どうも、迎えにくるはずの友人が来ていないようである。電話をしたいが現地のお金を
全くもっていないという。その友人に恵んでもらうつもりだったらしい。うーん、それは
1問目から篠沢教授に全部はってしまうような心構えではないか。
とりあえず、彼にお金を貸して電話をしてもらうことにする。ホームステイで日本に
来ていたという、その友人とやらは、すっかり日にちを勘違いしていたらしい。
こっちは彼のリアクションをいちいち楽しませていただいた。
さて、友人たちを待つ間、我々は空港のパブで早速1杯やってしまうことにする。
アイルランドといえば、やはりギネス
である。口当たりのクリーミーさが独特の、この
ビールは結構まわるのがはやい。でも気がつくとあっさり2パイントも空いている。
私がごきげんついでに、到着早々(迷惑がられつつ)リコンファームなどして
もとのフロアに戻ると、さっきの友人たちはもう来ているではないか。彼女ら(実は女の子だった
とそのとき知ったが)の家と大学は空港をはさんで反対であったが、車で大学まで送ってもらえて
ラッキーであった。このとき、私がなにか催促したかはよく覚えていない。
ダブリン市立大学についたころは、もう真っ暗でひどい雨である。暗闇の大学ともなると事務所を
さがすのも、ひと苦労である。ようやく事務所にたどりついて、チェックインを済ますと、部屋に通される。
この寮の廊下は外があまり見えなくて、ちょっと不安になる。
部屋の方は、なかなかきれいで、布団も重くてナイスだ。ごみ箱をさがそうと、部屋の奥のドアを
あけると、そこは自炊スペースになっている。長い滞在ならこれは便利だが、当然今は食材など
ありはしない。よくみると自炊スペースにはさらにドアがあって、こちらの先はきたのと同じような個人
スペースになっている。さらにその部屋にはドアがあって、さらにもうひとつ先はこれまた個人スペース
でって、これはもともと私のいた部屋じゃないかぁ。いくら酔ってるとはいえ、いくらでも続く部屋などと
だまされる私ではない。甘かったな、ダブリン。しかし、問題は翌朝発生した。
翌朝、チェックアウトをするため、私はバックパックを背負って事務所に向かう。しかし。酔っていた
せいか来た経路がよく分からない
。とりあえず、適当に1階におりて適当なドアをあけると、そこは寮
に四方を囲まれた中庭だったりする。中庭に面したいろんなドアをあけて中に入ってみるが、どこも
かしこも同じようなつくりの建物で、さっぱり訳がわからない。通路から外がみえないのも方向感覚の
喪失を助長している。うーん、こうなったら誰かの部屋のドアをノックして助けを呼ぼうと思うも、
今は休みだ。どこの部屋に人がいるかなんかさっぱりだ。第一、寮暮らしの私が、逆の立場になって
考えるに、建物から外に出られません、助けてくださいなどといわれたら、これはちょっと滑稽だ。
冷静になって考えてみよう。ミノタウロス宮殿をでるには確か糸玉をつかうんだったな...って、それは
来たときにしこんどかなきゃどうにもならんだろう。とりあえず、1階を一周する作戦をとることにする。
がっ。この作戦は、一面も進まんうちに階段に阻まれるという、あっけない失敗に終わる。次は、高いとこ
ろに出て周りを見渡す作戦だっ。名づけて「屋上作戦」。
しかし、これも屋上への出口の発見に失敗する結果となる。この失敗は、
荷物持ちの私にはかなり効いた。このまま、私はどうなってしまうのだろうか。浅野先生のこととか
が走馬灯のように浮かぶ(うそ)。
とぼとぼと階段を降りると、のぼりにはちょっと見にくい位置に、来たのと直角に曲がれる廊下が
あるのに気がつく。これを進んでいくと。ちょっと今までのとは訳がちがう、おおきなドアである。
なんとなく、これを出ると事務所くさい雰囲気が漂いまくりである。しかしこのドア、どうみても
内側からしかロックできない構造であるうえ、開け放し厳禁
と大書されている。なんだか大変非常用
っぽいのだ。うーん。
これは旅行者とはいえ、ここを通って出るのは倫理にもとるようである。ええいっ、やっちゃえ、やっちゃえ。
私は恐る恐る非常用のドアをあけて外に出ると、あとは堂々と事務所にむかう。なめるな、ダブリン。
ダブリン市立大学を意気揚揚とあとにしたあと、私はまだ次の行き先を決めていない。よく
私は他の旅行者に会って、長期の旅行であるにもかかわらず、非常に計画的に移動しているのに
驚くことがある。旅は長いのだから、そんなに効率を追求せんでもと思うものだが、そういう人
にとっては移動そのものが旅行の目的であるのだろう。翻って、自分はなぜ、こうも
適当なのかというと、そういう性格だからとしかいいようがないが、日本に帰りたくなくなるよう
な出会いがあるかもとでも思っているのかもしれぬ。
さて、そもそも私がなぜアイルランドまで来たかというと、その理由ははっきりしないのだが、
考えられるところをあげると、1.夏に暑いところにいくのはいやだ。
2.どこに行こうか考えて
いるときエンヤを聴いていた。
3.フラハティの「アラン」をみたことがある。
4.ビールは好きだ。
といったあたりになる。
して、考えると次の目的地はアラン
か?確かに、フェリーを使わないと
たどり着けないアランは、天候などの制約も受けるであろうから、早めに行ってしまうのが賢明に
思われる。
とりあえず、情報を得るべくダブリン中心地まで向かうことにする。荷物が少々重いが、観光を
兼ねて徒歩で移動だ。市内では、あちこちにライヴなどの告知ポスターがあってアイルランドが音楽
の盛んなところであることを実感する。まず目に付いたのがクラナド
のものである。エンヤもかつて
在籍していた(というか家族なのだが)このバンドは日本でも人気があり、食指を動かされるものが
あるが、これはアイルランド滞在の期間にあわない。
つぎにホットチリペッパーズなるもののポスターを発見。
これは、あのレッチリのことなのか?しかし、レッチリは確かフリーか誰だったかが骨折か
なんかしてツアーをキャンセルして、でもフジロックには来るんじゃないっけ?
ホフディランのライヴ
にはボブ・デイランと勘違いしたおじさんとかがたまにいてるらしいが(私はどっちも好きだけど)、
こちらのチリペッパーズもパチもんだとしたら同様な悲劇は免れないだろう。
さて、たどり着いたのはテンプルバー近くのツーリストインフォメーションである。ここは、
教会を利用した雰囲気のある建物で、ツーリストインフォメーションとしてもかなり整備されている。
ここで、私はアランにいくためゴールウェイまでの列車の時間などを聞き、ついでにゴールウェイ
での宿(B&Bだが)も予約しておいた。
列車の出発までは時間があるので、繁華街のグラフトン通りですこし時間をつぶす。私が街で時間
をつぶすといったら、レコード屋にいくことになる。一番大きそうなのはHMVだが、日本のもの
に比べると貧弱な感は否めない。ちなみにオアシスの3rdが一番目に付く。
HMVの2階には
、チケットオフィスがあり、ここで調べてみるとチーフタンズ
のものが帰国前日にあってうってつけ
である。アイルランドにきてチーフタンズというのも、大阪に来てなんば花月みたいな
べたべたな感も否めないが、特に問題ということはないので早速購入。
できればセラピー?がみたかったかな。
HMVを去り際、店内にはレディオヘッドの「パラノイドアンドロイド」がかかっていて、客も
それをくちずさんでいて、さながら店内総カラオケ状態である。レディオヘッドはすごいことに
なっているなと改めて実感。
憧れのギネス工場などを横目に見ながら、
ゴールウェイ行きの列車に乗るべく、ヒューストン駅
へ私は向かった。ダブリンには2つのターミナル駅があり、北西方面への列車が発着する
コノリー駅
と、南西方面へのヒューストン駅があって、それぞれ2kmほど離れたところにある。市内中心部の
コノリー駅と違って、ヒューストン駅はまわりが工場や倉庫の多いところで駅舎自体もちょっと
暗っぽい。
列車が出るまでの間、トイレ用の小銭つくりもかねて私は売店で新聞をもとめることにする。
今日は、ダイアナさんの葬儀の日
であり、各紙紙面はダイアナさん一色である。
とりあえず、そこそこ固そうなアイリッシュ・タイムスを買い求める(勘違いしないように)。
トイレでは、バックパックの重みで便器から離れそうになりつつ、そうこうしてる間に発車の時間である。
かくして、私は三蔵よろしく西のゴールウェイの地へ向かった。
車内は、なぜかカップルばかりなのが癪に障るところではあるが、乗り心地はよい。この日の天気は不安定で
、景色が移り行くとともに天気も雨になったり、曇りになったりするのに不安を覚えるが、そのうちに、
景色は西部らしい羊いっぱい(イメージ)なものになってゆき、ちょっとアイルランドらくなってきたなという
気になる。
ゴールウェイ駅には3時間強で到着。ダブリンで予約したB&B
(ベッドアンドブレックファスト、個人宅を利用した宿)にいく時間が気になるところではあるが、翌日は朝からアランに
向かうつもりなので、そちらの宿の予約も今日のうちにしておきたいので、
先にツーリストインフォメーションに向かう。
こうしてみると、私もなかなか心配症である。やはり、みな考えることは同じようでツーリストインフォメーション
はかなりの混雑であるが、ここの人はなかなか感じがよい。後の経験からいうと、
ヨーロッパのインフォメーションはこと宿のことになると、えらく不親切なことが多いが、
アイルランドはかなりましなようである。
さて、はやいとこB&Bにむかわなくては。地図でおおまかな場所を確認して、それと思しき方向に
向かう。おや、日本人と思うと、彼はなぜかサンドイッチマンになっている。ゴールウェイくんだり
でサンドイッチマンになっているというのはどういうことだ?なにか複雑な事情でもあるとなんなので、
ここは安直に声をかけるのはよくなさそうだ。
それにしても、アイルランド第2の都市であるというのに、
港町ゴールウェイにはまっすぐな道がほとんどなく、進んでいるうちに道がぐねぐね
曲がってしまうので、方向感覚を失いやすいことこの上なしだ。第一、私はここをよく知らんのだ。
道一本まちがえたら、みつかるものもみつからん。今、思うと宿さがしの途中では
いろんなものを見た。大学、病院、教会。いかん、ちょっと想像に鬱入ってきている。
さすがに暗くなり始めたのに、目の前がサッカー場というときはかなり焦り始めた。
住所のとおりにB&Bは存在するのか?こういうときに限って電話もみつからない。
やけくそになり始めたところであったが、
結局B&Bは、私が何度も通りすぎていたところにあった。
やれやれである。私がわざとらしく笑顔などつくってあいさつすると、宿主らしき婆さんも
かなりわざとらしくびっくりして、かなり聞き取りにくい英語で、時間がすぎたので
他の人に部屋を貸してしまった
というではないか。なにー、ガッデーム。とにかく、歩き回って
疲れた。しばらくやすませてくれ。
婆さんは意外といい人だったようで、かなり聞き取りにくい英語で知り合いのB&Bを紹介
してくれるという。しかも、そちらから車で迎えにきてくれるという。迎えを待つ間、
婆さんはダイアナさんの葬儀中継をみながら、かなり聞き取りにくい英語で、あらきれいね、など
といっている。それは、この場合ちょっと見当外れなコメントなのではないか。ちなみに、
英語ももっと聞き取りやすくしてくれ。
そのうち、本当に迎えも来てくれて、私は婆さんにわざとらしく手などふってさよならした。
つれてってもらったB&Bは、駅からはかなりはなれたところにあって、思いきり住宅地の
中にある。翌日のことが気になるが、それは車で港まで送ってくれるという。これはラッキーだ。
この日は、朝からちょろつきまわりすぎて、かなり疲れた。早く寝ようと思ったが、ちょっとした
問題発生だ。枕元の電灯にスイッチらしきものが見当たらない。結局、これはコンセントごと外す
ことで対処した。
アイルランド到着3日目にして、
ようやくちゃんとした朝食にありつく。アイルランドのB&B
はその名のとおり、アイリッシュブレックファストが出るのだが、アイリッシュブレックファスト
といっても要はパンと目玉焼きで、特別なにが違うというのはないようだ。部屋にもどって、
電灯のコンセントをもとにもどすと、どうにも中途半端な明るさ加減が
しょぼくて笑ってしまう。アイルランドまで来て、昼行灯などという言葉を思い出す。
大石内蔵之介も、こんなとこで思い出されても困るだろうよ。
昨日の約束のとおり、B&Bのおじさんは港まで車で送ってくれた。さんざん歩き回った
道を朝に車で通ると、なんだか昨日の自分がばかみたいである。(実際そうなのだが)
フェリーはすでに着いており、早速往復のチケットを買ってこれに乗り込む。しかし、
ロバート・フラハティの(半?)ドキュメンタリー「アラン」に出てくるアランの光景は、
波の間にボートが隠れてしまうほどの荒波を縫って漁に出たり、
島に土をつくるため海藻を運ぶ姿など自然の厳しさをイメージさせるものであるだけに、
こんなクソ陽気にフェリーでのこのこ向かうというのも調子が狂ってしまう。
ちなみに、アランというのは諸島の名称であるので、実際には
その中で最大のイニシュモア島
が今回の目的地である。ちなみに今、入力まちがえて
飲酒モア島となってしまったが、それもアイルランドらしくてよろしい。
フェリーが動き出すと、ちょっとうれしくなって前方に移動してみる。潮風や波の音が
気持ちよくて、すっかり気分は若大将といったとこであるが、ふと我にかえると、
もうびしょぬれである。なんだか寒くまでなってきて、ちょっと恥ずかしい。
私の通っていた高校には、平等院で外人にたのまれて、池に入った人がおったらしいが
(頼むほうも頼むほうだ、一体どこの国の連中だよ)、私は誰にも頼まれていない分、
恥ずかしさもかなりのものである。
船の後方に移動して下の方に目をやると、柵で囲まれた謎のスペース
がある。これは一体なんなのだ?
寒さと酔いで眠くなり始めたころ、フェリーはイニシュモア島に到着。多くの客は、
ここからレンタサイクルに向かっているようである。どうも日帰りという人が多いようだ。
私は1泊するのであるから、地図購入後、予約したB&Bに向かう。B&Bの玄関先では
早速、犬が出迎えてくれる。よくなついてくれるのが一人旅の者としてはちょっとうれしいところ
である。
(つづく)