祈りの巫女
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儀式の最後にピンク色の花が編み込まれた花冠を授かって、それで儀式のすべてが終わった。この瞬間、あたしは大人になって、正式な祈りの巫女になったんだ。その場の緊張が一気に解けて、聖櫃の巫女や神託の巫女、その他名もない巫女たちもみんな笑顔であたしのそばにやってきた。あたしも自然に笑顔になって、まわりを見渡す。神殿の柱の向こうでずっと儀式を見守ってくれていた村の人たちも、あたしがそちらに顔を向けると笑顔と声援で答えてくれた。
あたしは儀式の口上も動作も間違えなかったから、すごくほっとして、村の人たちの中にリョウの姿を捜した。母さまと父さまとオミ、マイラやベイクの姿も見つけることはできたけど、リョウの姿だけはどこにも見つからなかった。
ちゃんと、見ててくれたよね。ちょっとだけ不安になって、もしかしたらそんな表情をしてたのかもしれない。聖櫃の巫女があたしの背中を叩いて、元気付けるように微笑んでくれた。
「ユーナ、すごくよかったわよ。もう一人前の巫女ね」
「ありがとう。聖櫃の巫女にそう言ってもらえて嬉しい」
「そうだわ。もうユーナじゃなくて、祈りの巫女、って言わなきゃいけないのよね」
あたしはこれから祈りの巫女って呼ばれるようになるんだ。もちろん、神殿以外では今までどおりユーナでよかったんだけど。
「さあ、祈りの巫女、村のみんなにちゃんと姿を見せてあげましょう」
あたしは巫女たちに背中を押されて、神殿の外に向かって歩いていった。その間にも、柱の向こうにいた村のみんながあたしに声をかけてくれる。祈りの巫女、祈りの巫女、って。石段のところまで来たとき、その下にはいつのまにか祝い料理の用意がされてた。あたしは本当に大勢の人たちの祝福を受けていることを知って、涙が出そうだった。
あたしが祈りの巫女になるために、みんなすごくたくさんの仕事をしてくれてたんだ。儀式が執り行われている間に、何も言わずに料理を準備してくれた人がいる。誰にも見えないところで働いてくれた人がこんなにたくさんいるんだって。
「みんな、ありがとう……」
あたしは独りで生きてるんじゃない。そう思えたことが、祈りの巫女になって最初の収穫だった。
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神殿前の広場では、祈りの巫女誕生の祝い料理が振舞われて、村人総出の盛大なパーティが始まっていた。あたしはあっという間にみんなに囲まれてしまって、料理のお皿や飲み物をもらって、代わる代わるお祝いの言葉を言われた。あたしも笑顔でありがとうを言いつづけて、いったいどのくらいの時間が経っただろう。相変わらずリョウの姿はちらりとも見えなくて、あたしはなんだかそわそわしてしまって、食べ物もあんまり喉を通らなかった。
たくさんの人ごみの中に目をこらしてリョウを捜す。その時だった。神官たちの宿舎のある方にリョウが立っているのが見えたのは。
リョウは微笑みながらあたしを見ているだけで、近づいてきてくれようとはしなかった。あたしはいろんな人たちに囲まれてたからすぐには動けなくて、じっとリョウを見つめていたら、リョウの唇がゆっくり動いたんだ。
―― オ・イ・デ
リョウはひとつひとつ区切るみたいに言葉を形作って、あたしにはリョウがそう言っているように見えた。あたしは料理のお皿と飲み物をテーブルに置いて、人ごみを掻き分けながらリョウがいた方へ行こうとした。なかなか進めなかったけど、ようやっと人の輪から抜け出すと、リョウはもうそこにはいなくなっていた。
キョロキョロしながらリョウを探す。すると神官の宿舎の陰から腕がニューッと伸びてきて、あたしを手招きする。なんだかからかわれてるみたいな気がしてちょっとだけ腹が立った。でもその手がある方に歩いていくと、そこにはリョウが待っていて、あたしの手を引いて言ったんだ。
「ユーナに見せたいものがあるんだ。一緒に来て」
そう言ったリョウがなんだかものすごく嬉しそうで、そんなリョウの顔を見ていたら、さっき少し怒りかけたのも忘れてしまった。
「なあに? あたしに見せたいもの?」
「くればわかるよ」
リョウはあたしの手を引いたまま、森に囲まれた山道を少しずつ降り始めたんだ。
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リョウが選んだのはかなり細い獣道で、巫女の衣装を着けたあたしにはずいぶん歩きづらかった。リョウはずっとあたしの手を取っていてくれて、あたしが飛び越せないせせらぎを越えるときは、ひょいと抱き上げて運んでくれた。今日のリョウはいつもよりずっと優しくも見えたし、逆にすごく乱暴な感じもした。こんなリョウを見るのは初めてかもしれない。リョウはあたしよりもずっと大人だったのに、まるで子供に戻ってしまったみたいだった。
やがて、リョウが足を止めたのは、森の木がそこだけ少し切り開かれた場所だった。いくつかの切り株と、隅の方に材木が積み重なった広場。材木はもう枝が切り落とされて、皮も剥がしてあった。リョウはその材木に腰掛けて、そのあと自分の上着を隣に乗せて、あたしが座る場所を作ってくれた。
「ここ……誰かの家になるの?」
その材木の切り方を見ればそうとしか思えなかったけど、こんな不便なところに家を建てる人がいるなんて、あたしは信じられない気がした。だってここ、ほんとに森の真ん中で、まわりには誰の家もなかったんだもん。
あたしが材木に腰掛けると、リョウは微笑みながらあたしに言った。
「ここにはね、オレの家が建つんだ。……ユーナ、オレ、独立することにしたんだ」
あたしは驚いてリョウの顔を見つめた。リョウは今まで、あたしの家の近くに両親と一緒に住んでたんだ。そんなリョウが独立する。リョウはここに1人で住むの? それとも……
「独立、って。……リョウ、結婚するの……?」
リョウもあたしの言葉にちょっと驚いたみたいだった。
「さすがに結婚はまだしないよ。いずれすることになると思うけどね。そのときはここに一緒に住みたいけど、今はまだ1人だ。オレはここに家を建てて、これからずっとここに住むんだよ」
リョウは本当に嬉しそうで、でもあたしはまたリョウが遠くに行ってしまった気がして、少しさびしくなった。あたしが巫女になって、少し大人になっても、リョウはもっと遠くに行ってしまう。あたしはリョウに追いつくことができないんだ。
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「そういえばまた言ってなかったな。……ユーナ、祈りの巫女の称号おめでとう。それから、13歳おめでとう」
そう言ったリョウは今までよりも少し声を低くして、真面目そうに見えたから、あたしも姿勢を正してきちんと答えていた。
「どうもありがとう。これからは、今までよりもずっとがんばって、1日も早く一人前の巫女になります」
「すっと寝込んでたみたいだけど、身体の具合は大丈夫なの?」
「うん、昨日にはすっかり元気になった。リョウはどうしてきてくれなかったの? あたし、リョウのことずっと待ってたのに」
あたしがそう言ったとき、リョウはちょっと困ったような表情をした。
「祝い料理の材料を集めるの、思ったより大変だったんだ。村の狩人総出でね」
リョウに言われて初めて気がついた。あれだけの料理を作るために、リョウたち狩人はものすごくたくさんの獲物を狩らなきゃならなかったんだ。
「ごめんなさい! リョウもほかのみんなも、あたしのためにすごく忙しかったんだ」
「まあね。でも、オレが忙しかったのはそれだけじゃなくてね。……それもこれもぜんぶ言い訳だな。実はオレ、ユーナに会うのが少し怖かったんだ」
「怖いなんてどうして思うの? あたしの何が怖いの?」
どうしてだか判らなかった。リョウ、あたしと会うのが怖かったの? あたしはリョウを怖がらせるようなこと、ぜんぜん思ったこともなかったのに。
気が付くと、リョウは今まであたしが一度も見たことがない、あたしには意味がわからない不思議な表情であたしを見ていた。
「ユーナ、シュウのことをたくさん思い出した?」
リョウにそう言われて、あたしはまたシュウのことを思った。いつも優しくて、いつもいじめっ子からあたしを守ってくれたシュウ。強くて、勇敢で、あたしが大好きだったシュウ。
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そう、あたし、たくさんのシュウの夢を見ながら、すごく不思議に思ったことがあったんだ。シュウはいつもいじめっ子からあたしを守ってくれた。そのいじめっ子って ――
「ねえ、リョウ。あの頃のリョウって、もしかしてすごく意地悪じゃなかった?」
振り返って、リョウは今まであたしが見たこともないような表情で、にやっと笑った。
そうだったんだ! あたしに意地悪してたいじめっ子って、リョウのことだったんだ!
「やっぱりユーナはそれも思い出してたんだ」
「でもどうして? シュウが死んでからのリョウは、いつもずっと優しかったじゃない。どうしてあの時はいじめっ子だったの? それがどうしてこんなに優しいリョウになったの?」
あたし、夢の中で思い出をたどりながら、あのいじめっ子がリョウだったこと、しばらく気付かなかった。気付いてからもなかなか信じられなかった。だって、リョウはほんとに優しくて、あんなに意地悪だった男の子と同じ人だなんて思えなかったから。リョウが優しく変わったとき、意地悪だったリョウをあたしは覚えてない。もしも覚えていたら信じられたかもしれないけど。
「実はオレ、このことをユーナに訊かれるのが怖かったんだ。まあでもけじめはきちんとつけとかないといけないし。……つまりね、シュウが死んだことって、オレにとってもかなりショックな出来事だったんだ」
リョウは遠くを見つめて、今度は少し照れたように話し始めた。
「あの頃、ユーナはシュウとばっかり遊んでた。シュウは優しいから大好きなんだ、っていつも言ってた。オレがユーナと遊びたいと思っても、ユーナとシュウはいつも一緒で、オレが入り込む隙間なんかなかったんだよな。……オレ、あの頃それが悔しくてさ。一生懸命ユーナの気を引こうと思って、ユーナに意地悪してた。オレと遊んだ方がぜったい楽しいのに、って言いたかった」
……リョウ、そんなこと思って、あたしに意地悪してたの? あたしの靴を隠したり、髪の毛を引っ張ったり、背中にカエルを貼り付けたりしたの、みんなあたしと遊びたかったからなの?
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「シュウは確かに優しいけど、優しいだけじゃだめだ。オレはシュウよりも年上だし、オレの方がぜったい頼りになる。シュウよりもオレの方がぜったい強いんだ、って思ってた。いざというときにユーナを守れるのはオレの方だ、って。……たぶんオレはそう思っていたかったんだよな。でもあの時、シュウは死んじまった。ユーナを守って、ユーナの命を助けて」
リョウは、遠くを見つめたまま、あたしを振り返ることはしなかった。
「オレはあの時シュウに負けたんだ。優しさも、強さも、ユーナへの思いの強さも」
あたしは、ただ呆然と、リョウが話す言葉を聞いていることしかできなかった。
「シュウが死んでオレがショックだったのは、シュウがオレに残した敗北感と、もう2度とシュウには勝てないんだ、って絶望感だった。これからオレがどんなに強くなっても、シュウはもうオレには手が届かない。ユーナの中に、シュウを超える奴なんか現われない。……ところがさ、ユーナはユーナでショックのあまりシュウを忘れちまったんだ。これはチャンスだと思ったね。同時に、優しかったシュウを失ったユーナのシュウに、オレはなれるかもしれないと思ったんだ。オレがシュウのように優しくすれば、ユーナはシュウを大好きだったみたいに、オレのことを大好きになってくれるかもしれない、って。それでオレはユーナに優しくし始めて、でもそうしてるうちに、それが正しいことなんだ、って、少しずつ判ってきた。オレが優しくなれば、ユーナだって優しくなる。ほかのみんなだって優しくなる。オレのまわりの世界がまるで違うものになったみたいだったな」
話し続けていくうちに、リョウは少しずつ自信を取り戻したように、力強い笑顔を浮かべた。そんなリョウはやっぱり、あたしが知っていたリョウとはまるで違って見えた。あたしが記憶を取り戻したことが、リョウ自身をも変えてしまったみたいに。それは今までの優しいだけのリョウじゃなかった。昔の意地悪なリョウや、今まであたしに見せなかったリョウ、新しく変わったリョウが混ぜこぜになって、あたしの目の前に存在しているみたいだった。
「……ただね、オレは、シュウに対する敗北感だけは、いつも心の中に持ってたんだ。オレは優しくなって、ユーナに大好きだって言ってもらえるようにもなったし、狩人になって強くもなった。だけどどうしても、シュウに勝った気がしなかった。シュウがオレを認めてると思えなかったんだ」
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「……オレがほんとにシュウに認められた気がしたのはあの時なんだ。ユーナがまた沼にはまって、オレはユーナを助けることができた。オレはあの出来事が、シュウからオレ達2人への最後のプレゼントだった気がしてならないんだ。ユーナが記憶を取り戻して大人になるため。そして、オレがこれから自信を持って生きていくための」
ずっと遠くを見つめていたリョウは、このときやっと、あたしを振り返った。
「オレは今やっと、シュウと同じスタートラインに立てた気がする。……ユーナ、オレは、この新しい家に一緒に住むのは、ユーナ1人だけに決めてるんだ」
あたしはたぶん、リョウが言ったこと、半分も理解できてなかった。リョウの言うことはどこかちぐはぐで、あたしが知ってる現実とはまるでかけ離れていたから。あたしはリョウのことをたくさん好きで、リョウはあたしのことを少ししか好きじゃない。それがあたしの現実だったから、今リョウが言った言葉の本当の意味に気がついたのは、これから先ものすごく時間が経ってからのことだった。
そんなあたしの混乱は、リョウの目にはどんな風に映ったんだろう。何も答えられないあたしの頭をなでて、リョウは微笑んでいた。
「でも、ユーナはそんなこと、気にしなくていいからな」
リョウはいったい何を話してるの? もっとゆっくり、あたしがわかる言葉で話してよ。
「これはオレが勝手に決めてることで、ユーナにはぜんぜん関係ないから。ユーナはこれからゆっくり大人になって、誰かに恋をして、その誰かがもしもオレだったとしたら、そのとき初めて考えてくれればいいから」
リョウ、誤解してるよ。だってあたし、今のあたし、リョウのことがすごく大好きなんだもん。ほかの誰より、リョウがいちばん好きなんだもん!
「あたし、リョウのことが大好き! ほんとよ。ほんとに大好きなの!」
「うん、わかってる」
そう言ってリョウは、あたしの髪の毛をくしゃっとかき混ぜるみたいにした。花冠はいつの間にかリョウの手に握られてた。わかってるって、リョウは言ったから、あたしはそれ以上何も言えなくなっちゃったけど、あたしにはやっぱり、リョウがあたしの気持ちを少しもわかってないような気がした。
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じっとあたしを見つめていたリョウは、このとき少しだけ目を細めた。
「……なんか、今日のユーナはきれいすぎて困るな」
リョウ……あたしのこと、きれいだって言ってくれたの……?
「ほんと? ほんとにそう思う? 今日のあたしはきれいだ、って」
リョウは少し照れたみたいに目を伏せて、そのあと少し微笑んで、あたしの髪にもう一度花冠をかぶせてくれた。
「儀式も見てくれてた?」
「ちゃんと見てたよ。……あ、だけどオレは儀式の艶姿に騙された訳じゃないからな」
そう言い捨てるみたいに言って、立ち上がったリョウは両腕を伸ばして、森の空気を身体いっぱいに吸い込んだ。
―― リョウは森の中に家を建てる。あたしはリョウの家を想像して、でも森の真ん中にある家なんて、あたしには想像ができないんだ。いったいどんな家になるんだろう。完成したら、あたしもちゃんと中に入れてもらえるかな。
「そうだ。あたし、リョウにありがとう、って言おうと思ってたの」
リョウはあたしを振り返って、少し不思議そうな顔をした。
「……なに?」
「あたしを助けてくれたこと。森の沼から助けてくれて、命を助けてくれてありがとう。それからね、あたし、祈りの巫女になってやりたいこと、リョウのおかげで見つけたの。あたし、マイラを幸せにしてあげたいの」
あたしの言いたかったこと、リョウに伝わったのかな。リョウは微笑んでくれて、しゃがんであたしの頭に手を乗せた。花冠が乗った頭に。
「マイラを幸せに、か。見つかってよかったな。でもそれを見つけたのはユーナ自身だろ? オレは何もしてないさ」
そうなのかな。リョウがそう言ったから、あたしもなんとなくそうかもしれないって思って、それ以上何も言えなくて、少しの沈黙が流れた。サワサワって葉ずれの音が聞こえる。リョウがこれから住む場所は、すごく静かで、すごく優しい場所だ。
あたしは、さっきリョウが言った言葉を思い出して、ここにリョウと一緒に住めたらすごく楽しいだろうな、って、ただそれだけを思っていた。
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「さて、そろそろ帰ろうか。あんまりユーナを独り占めしてもみんなに悪いしな」
「どうしよう! あたし、みんなに何も言わないで出てきちゃったよ」
「それは大丈夫だよ。オレがマイラにことづてしといたから」
リョウは再びあたしの手を引いて、同じ道を歩き始めた。森の中の細い獣道だったから、裾が長い巫女の衣装では少し歩きづらくて、あたしの手を引いたリョウは何度も振り返っていた。
「ここももっとちゃんとした道に整えような。丸太で階段をつけたら歩きやすくなる」
「あたしもお手伝いする!」
「ありがと、ユーナ。でも無理はしなくていいよ。ユーナは今は祈りの巫女になるのに忙しいんだから」
リョウはやっぱりあたしを少し子ども扱いしていて、儀式を終えて祈りの巫女になったのに、あんまり認めてくれてないみたいだった。ちょっとだけ悔しかったけど、でもそれも仕方がないことなんだな、って思った。あたしはまだ、リョウのことをぜんぶ判ってあげられないから。シュウのことを話していたリョウの言葉もあんまりわからなかった。シュウのことを思い出して、あたしは少しだけ大人になったけど、でも本当の大人になるにはまだまだずっと時間が必要なんだ。
マイラが言ったみたいに、目の前にあることを1つずつ片付けていくと、あたしは知らない間に少しずつ大人になる。リョウの話す言葉もちゃんとわかって、リョウの悩みを聞いてあげたり、リョウを手伝ったりもできるようになる。そうしたらあたしは、いつかリョウのいちばん大好きな人になれるよね。マイラを幸せにできたら、リョウを幸せにすることもできるよね。
リョウに、あたしがいるから幸せなんだ、って、思ってもらえるようになるよね。
「ねえ、リョウ。あたし、みんなを幸せにできる祈りの巫女になれると思う?」
リョウは足を止めて、ちょっとまぶしそうに目を細めて、言った。
「ユーナはいつか、そこにいるだけで誰もが幸せになるような、そんな祈りの巫女になれると思うよ」
そんなリョウの言葉にあたしは、リョウがあたしを少しだけ認めてくれた気がして、ものすごく幸せな気分になった。
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シュウがあたしの命を助けてくれたから、今あたしは生きている。
シュウがあたしを助けて死んでしまったから、優しくなったリョウがいる。
リョウがたくさん優しくしてくれたから、祈りの巫女になったあたしがいる。
シュウはその優しさで、死んでしまってからもずっと、あたしを助けてくれたんだ。シュウの優しさがみんなに伝わって、みんなの中に生きていて、あたしを祈りの巫女にしてくれたんだ。
だから今度は、あたしがマイラを幸せにする番。
シュウが死んで悲しい笑顔しか見せられないマイラに、あたしが本物の笑顔を取り戻してあげる。
あたしは神殿で、マイラのために祈りつづけた。
一生懸命、心の底から神様に祈りを捧げた。
神様はきっと、あたしの祈りに答えてくれるって、心から信じて。
だからその日、マイラが2人目の子供を身体に宿したことを知って、あたしはそれが神様からの贈り物であることを疑わなかった。
新しい子供を産んで、愛情いっぱいにその子を育てて、今度こそ、マイラは幸せになれるはずだ、って。
祈りの巫女になったあたしは、村のみんなを幸せにすることができるんだ、って。
了
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