「祈りの巫女が幸運を使い果たしちまえば、命の巫女も祈りの力は使えなくなるんだ。やってみれば判る」
「…そう、じゃあやってやるわよ!」
 ニヤニヤ笑っている影を怒鳴りつけるようにそう言うと、命の巫女はいきなり祈りの姿勢をとった。今のあたしにはもう感じないけど、この場所は今までで1番神様を近くに感じることができたから、ろうそくを使う必要はないと思ったんだろう。あたしは少しの期待を込めてその様子を見つめていたんだけど、その期待もやがて失望に変わっていった。必死で祈りを捧げようとする命の巫女の表情から、彼女も神様の気配を感じられないんだってことに気づいたから。
「やるだけ無駄だろ? そろそろ諦めた方がいいぜ」
 そんな影の声に命の巫女は目を開けて、鋭い視線をぶつける。そのあとあたしを振り返った命の巫女の目は深い悲しみをたたえていた。
「祈りの巫女。…嘘でしょう? あなたが力を使い果たしたなんて。…このままあなたが死んでしまうなんて――」
 この時あたし、思わずリョウのことを振り返ってしまっていたの。リョウは一瞬驚いたように命の巫女を見つめて、やがて勢いよくあたしの顔を見たんだ。あたしはもうリョウから目を離すことができなくなっていた。驚きに目を見開いたリョウの視線が強くて、まるであたしを責めているように見えた。たぶんこの時やっと、リョウの中で今までの出来事がすべてつながったんだ。
 祈りの力、神様から与えられた幸運を失うことは、祈りの巫女の死を意味する。命の巫女とシュウがあたしに向けていた視線の意味。リョウが目覚めた瞬間に漂った重苦しい空気の意味を、リョウはこの一瞬で悟った。
 今、あたしはどんな顔をしているだろう。たぶんあたし自身も、表情に命の巫女と同じ悲しみを宿しているはずだ。リョウを助けられたことはうれしかったけど、自分の命が消えるのはやっぱり悲しいことだったから。
 未練が、ない訳がない。あたしはぜったいに死にたいなんて思ってない。恐怖を感じたくなくてずっとシュウたちの会話に集中してる振りをしてた。だけどいったんリョウの顔を見ちゃったら、悲しみと恐怖で押しつぶされそうになっていたの。
 リョウに強い力で抱きしめられるまで気づかなかった。自分が涙を流していたってこと。ここに来るって決めたときに少しは覚悟していたはずなのに、その時が近づいている今、自分自身の恐怖と戦う勇気すらあたしにはないんだ。
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