少し迷ったのだけれど、オレは目の前の道路を渡って、駐車場の方に向かった。黒澤の車はすぐに見つかった。古い上にあまり乗ってもいないのか、ボディはかなり汚れていて、キーを挿してドアを開けても車内に装飾らしいものはほとんどなかった。いまどきオヤジの車でももう少し飾り気があるもんだけどな。しかもウィンドウもドアミラーもハンドパワーだし、集中ドアロック機能もなかった。
 それでもとりあえずオートマではあったから、椅子の調節をしてブレーキを踏んでエンジンをかける。割とすんなりかかったところをみると、ぜんぜん乗ってない訳じゃないんだな。ギアをDに移動させて、ハンドブレーキをおろして、ブレーキペダルから足を離せば、あとはアクセルとブレーキを交互に踏むだけで何とか動かすことはできるはずだ。
 オレにとっては、他の車も通行人もいないことは幸運だった。ようやく自分専用の足を手に入れて、オレはまず駐車場から出て、西の方角に向かった。野草が書いた小説にゆかりの場所、それを辿ってみるつもりだった。まずは新都市交通の駅。それから、オレたちが通っている高校。
 慣れない車を操りながら、新幹線の高架に突き当たって、そこから高架下の側道を辿って少し走った。その時だった。いきなり、ヘッドライトの中に人影が見えて、オレはあわててブレーキを踏んだんだ。
 オレの運転する車は嫌な音を立てて少し尻を振りながら急停車した。Gがかかって前のめりになる。だけどボディに衝撃はなかったから、何とかギリギリ人を轢かずには済んだらしかった。
 落ち着くように自分に言い聞かせた。そして、ギアを戻してハンドブレーキを引いてから、オレは車を降りた。
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