花 葬
1
天井はバギー玉で吹き飛ばしてやった。
四角い空を太陽が移動してゆく。海岸を越えてきた潮風が通り抜けてゆく。この雰囲気は、はるか昔のあれに似ている。まだ、バギーが海に愛されていたころ、メインマストの見晴らし場に寝転んで見上げた、真っ青な空。
こうして昼寝をするのがバギーは好きだった。昔を思い出すことはあまりない。今、自分の回りにあるもの。副船長のモージ、参謀長のカバジ、そして、多くのバギー一味の仲間たち。
それらはあのころにはなかったものだ。最低限のメンバーを揃えるのに十年かかった。手配書の賞金がつくのに五年。その賞金をこの額まで引き上げるのに、さらに五年。無謀な綱渡りに見えて、実は慎重にやってきた。すべては、あの男に見つからないために。
天井をかもめが行きすぎてゆく。鷲も、鷺も、飛び越えてゆく。バギーはのどかにまどろんでいた。そのとき、四角い空を横切ったものが何であるのか、気づかずに。
「ヤベーーー! おちるぞーーーーーー!!」
空からの声にバギーが注意を向けた、そのときだった。
……ガラガラドタグシャドッカン!
空から落ちてきたものは、バギーが寝ていたベッドを突き抜け、下の階まで落ち込んでようやく止まった。
とっさにバラケなければバギーの命さえ危うかっただろう。
「なんだなんだいったい!」
床にあいた穴からバギーは下を覗いてみた。踏み抜いた床板が崩れた隙間から何かが出てこようとしている。昼寝中に遠ざけておいた副船長や他の船員たちもわらわらと集まってきていた。大勢が見守る中で、落ちてきたものは瓦礫の隙間からひょこり顔を出した。
「あー、びっくりした」
忘れもしない、ムギワラの持ち主。ゴムゴム人間のルフィだ!
「あ、お前確か……デカッ鼻!」
「道化のバギーだアホタレ!」
「何やってんだこんなとこで」
こちらの科白だった。
「オレ様の昼寝の最中にてめえが落ちてきたんだろうが! ハデに死にてえなら先に言え!」
「いんや。オレは死ぬわけにいかねえよ。シャンクスが隣の町まで来てんだ。早く会いに行かなきゃ」
聞いた名前は、バギーの表情を一瞬にして凍らせた。
「……シャンクスが、来てる? 隣の町までだと?」
「一気に飛べると思ったんだけどな」
瓦礫を払って、ルフィは再びゴムゴムのロケットの姿勢に入った。
「悪かったな、昼寝の邪魔して」
「二度とくんじゃねえムギワラ!」
「ゴムゴムのーーーーロケット!!!」
さらに壁の一部をなぎ倒しながら、ルフィは鮮やかに去っていった。周囲は呆然と見送ったが、バギーに茫然自失しているひまはなかった。シャンクスが近くまで来ているのだ。もしもバギーがここにいることを知ったら、ただですむはずがない。
ルフィは間違いなく、今の出来事をシャンクスに伝えるだろう。
「モージ! いるか!」
「ここにいます、バギー船長」
「すぐに海に出る支度をしろ。この町を離れる」
モージにも意外なバギーの言葉だった。この町は、やっとの思いで手に入れたばかりだ。それを簡単に捨てるなど、それまでのバギーの行動ではなかった。
「承知。ところで、進路はどちらで」
「……どこでもいい。とにかく、ムギワラが行った方の逆だ。できるだけ距離を開けるぞ」
事情は判らなかったが、バギーの様子に異様な雰囲気を感じて、モージはてきぱきと指示を与え始めた。
2
「どうやらシャンクスに間違いねえようです。三本傷の海賊旗を見つけましたんで、慌てて引き返してきやした。もうすぐ近くですぜ」
偵察から戻ってきた3人の言葉からも、シャンクスが来ているのは間違いないようだった。しかし、未だ隣町にいるということは、バギーの居場所を知っているという訳ではないのだろう。しかし見つかるのは時間の問題だ。海に出るのは危険だが、背に腹は代えられない。
「海賊旗を見られちゃいねえだろうな」
「すぐに別の海賊旗に取り替えましたんで、気づかれちゃいねえと思いやす」
「あいわかった! 野郎ども! ハデに船出だ!」
「おお!!」
久しぶりにバギーが船に乗る。それだけで、海賊たちの血は沸いた。彼らは根は海の盗人だ。バギーの一味に加わってからは陸を拠点に盗みを重ねていたし、そのことに不満を漏らしたりはしなかったけれども、バギーとともに海に出るというのは誰もが望んだことだったのだ。
「バギー船長、そろそろ最後の小船を出します」
後ろからモージが促した。とうとう海に出る。バギーを嫌う、海の神のハラワタの上へ。
「心配要りません。自分がちゃんと守ります」
「だーれが心配してるってぇ! モージ! オレ様は誰だ!」
「は! 道化のバギー船長であります!」
「判ってるならさっさと船を出さねえか」
最も操船術に長けている一人に操船を任せて、モージはバギーがいつ海に落ちてもすぐに助けられるよう、万端の心構えで小船に身を任せた。悪魔の実の能力と引き換えで、バギーの身体は海のすべてになじめない。本船に乗り移るころには、既に船酔いの初期症状が出ていた。
酒樽も、酔い覚ましの薬も、大量に盗んで船に積んである。船長を甲板に迎えると、船内は否応なしに盛り上がっていた。
「ハデに碇を上げろ! 帆を張れ! フルスピードで北へ向かうんだ!」
「「「ようそろ!!」」」
本船の海賊旗は赤鼻のまま変えない。これが最後の船出になるならなおさら。
「モージ、酒瓶あるたけ用意しろ。……連中にもハデに振舞ってやれ」
「船長……」
「オレは部屋で寝る」
バギーが死を覚悟しているという事実が、モージを普段よりさらに寡黙にさせていた。
船酔いがアルコールでごまかされることもないのだろう。しかしバギーはモージが手にしてきた酒瓶を片っ端から空けていった。派手に飾り付けられた船長室の長椅子はバギーの身体をすっぽりと包み込んでいる。何度目かにモージが訪れたときには、バギーの目は半分正気を失っているように見えた。
「どうした。シャンクスの船は見えねえか」
バギーがシャンクスを異常なまでに警戒しているのは、そもそも今に始まったことではなかった。初めてモージと出会ったときも、カバジや、他の仲間が増えてゆく過程でも、バギーはしつこいくらいに言いつづけた。シャンクスに気をつけろ。シャンクスに見つかるな。シャンクスに、自分がバギー一味の一員と悟られるな、と。
「見えません。……船足を緩めなくて大丈夫ですか?」
「馬鹿野郎。シャンクスに見つかってみろ。てめえらに手におえる相手じゃねえ」
「バギー船長。ひとつ、聞かせちゃもらえませんか」
モージが訊きたいことが何であるのか、バギーには判っていた。
「シャンクスは悪魔だ。殺されたくねえなら逃げるしかねえ。たぶんオレのバラバラの能力でも、あいつを殺すのは無理だ」
こと、シャンクス以外の人間相手で、バギーが弱音を吐くのをモージは見たことがない。バギーはいつも自分に絶対の自信を持っていた。ルフィに敗れたときでさえ、こんなふうに弱音は吐かなかった。
いったい、シャンクスというのはどんな男なのか。なぜ、バギーはシャンクスに見つかったらぜったいに殺されるなどと信じているのか。
「バギー船長。あんたには殺される理由があるんですかい」
バギーは、けだるそうな目をして、モージを仰ぎ見た。
「……なけりゃ逃げたりしねえ。間違いなく、あいつはオレを殺しにくる。船足を緩めるなよ。見張りを立てて、シャンクスの船を見つけたらバギー玉をハデに撃ち尽くせ」
「……判りやした」
モージはバギーのためにいた。モージの命で満足するならば、シャンクスにくれてやっても惜しくないと思うほどに。
「夜番の奴らを今のうちに寝かせておけ。追いつけねえくらい離れておく」
目を閉じたバギーは、誰よりもはかなく、愛しかった。
3
「あーあ、今日はいい昼寝日和だぜ」
旅館の屋根、干してあった布団の上にちゃっかり寝転がって、シャンクスは片腕を上げてあくびをした。太陽は強すぎず、風はやさしい。こんな日和には昔のことを思い出す。まだ、シャンクスが海賊見習いだったころ、仲間と寝転んだ見晴らし台の上。
「おかしら。そんなところにいたんですか」
「おお、その声は副船長じゃねえ。お前もこっちに上がってきたらどうだ? 気持ちがいいぜ」
「あそこにいる。上がっていきな」
副船長はシャンクスには返事をせず、隣にいた誰かに話し掛けたようだった。それが誰だったのかは次の瞬間に判った。
「さんきゅ。ゴムゴムのーーーロケットーー!!」
そんな掛け声とともに文字通り飛んできたのは、十年来の親友、ゴムゴムのルフィだったのだ。
「シャンクスゥ! 会いたかったぁ!」
寝転がったシャンクスにのしかかるように、ルフィは抱きついた。残された右腕で落ちないようにバランスをとりながら、シャンクスも自然に笑顔になっていった。
「おいおい、ルフィ。お前は相変わらずガキのまんまだな」
「戻ってきてるんなら知らせろよ! オレ、どっからだって会いにくる」
「そうか。お前に知らせてなかったか。ワリいワリい」
シャンクスは賞金のかかったお尋ね者の一人ではあるので、そうそう行動をおおっぴらにすることはない。特に今回はひっそりと帰ってきたかった事情があった。しかしルフィの情報の速さはいったい何なのか。
「船が見えねえが、一人か?」
「ああ。あいつらなら後からくる」
「そうか。まあ、なんにせよせっかく来てくれたんだ。酒え酌み交わしながら冒険談でも聞かせてくれよ、船長」
見習いを卒業してから二十年。
若いルフィの日焼けした顔に、シャンクスはかつての自分の姿を重ねていた。
「オレの息子、ウソップは活躍してるか?」
「ああ、いつもオレたちを助けてくれてる。あいつはすげえ奴だ」
「聞いたかみんな! オレの息子ウソップは、オレの跡を継いで立派な海賊になってる。オレの息子は最高だーー!!」
町外れの酒場はシャンクスと仲間たちで貸切になっていた。ヤソップの叫びに明るい野次が飛び、場を盛り上げる。シャンクスたちは昔のままだった。カウンターに腰掛けるシャンクスの隣の席で、ルフィもジョッキを傾けた。
「みんな変わってねえ。フーシャ村にいたときとおんなじだ」
「好き勝手に生きてるからな、今も昔も。変わりようがねえだろ」
「オレ、やっぱシャンクスの船みたいのが目標だ」
「そう言ってくれるのは嬉しいがな。お前の船も、お前の集めた仲間も、オレたちとは違う。お前はお前だけの船を目指せばいいのさ」
ルフィは少しだけ、仲間を置いてきてしまったことを後悔した.。シャンクスがいるという情報をルフィにもたらしたのはナミだった。ナミはいつでもルフィを気にかけてくれる。だから、シャンクスの情報が入ったとき、真っ先にルフィに教えてくれたのだ。
ルフィが静かになってしまったので、シャンクスはちょっと説教くさかったかもしれない自分の言葉を振り返った。そして、話題を変えるべく言った。
「そういやお前が悪魔の実を食っちまったのもこんな酒場だったな。……そうだ、マキノさんだ」
「シャンクスに会えたら、そのうちまた寄ってくれって。オレが村を出るときにそんなこと言ってた」
「なんでそいつを言わねえんだよ。……まあ、すぐには行けねえが」
「村のみんなは一生村から離れられねえ。だからいつも、シャンクスがまた来てくれねえかな、って言ってた。オレもガキだったから、早く大人になって、シャンクスに会うために船出したかった。たくさん身体鍛えて。十年もシャンクスが来なかったから」
シャンクスだって若かった。たまたまあの時一年もの間あの村で過ごしてしまったけれど、他の多くの海賊たちと同じように、グランドラインのワンピースを手にするために必死だった。イーストブルーに帰ってみようと思ったのは最近なのだ。もっと若かったあのときの誓いを果たそうと思い立ったのは。
海の青も、空の高さも違う。ルフィが食べた悪魔の実は、シャンクスが誓いを果たすためのお守り。
しかし、あれがまさか人間をゴム人間に変えてしまうゴムゴムの実だったとは。
「ゴムゴムのロケットか。ありゃ便利そうだな」
さっき屋根から下りるときも、ルフィのゴムゴムの身体につかまっていたら、一瞬だったのだ。
「ここにくるときもゴムゴムのロケットで飛んできた。たまに失敗するけどな。さっきも昼寝してた赤っ鼻の上におっこっちまったし」
ルフィがそう言った瞬間、シャンクスの顔色がさっと変わった。がたんと音を立てて椅子から立ち上がって、周りで盛り上がっていた仲間たちの注目を集める。立ち尽くしたシャンクスの様子は、尋常ではなかった。
「まさか、道化のバギーか?」
それはルフィがめったに見ることのない、シャンクスの真剣な表情だったのだ。
「そう言ってた」
くるりと背を向けてシャンクスは酒場の扉を出て行こうとした。もしも副船長が捕まえなければ、そのままいなくなってしまっただろう。
「落ち着け、船長。ルフィが驚いてるぞ」
正気を失ったシャンクス。目にするのはルフィは初めてだった。それは仲間の海賊も同様だった。そんなシャンクスを知っていたのは、副船長ただ一人だっただろう。
「ああ。……ルフィ、悪いがオレは急用ができた。これからすぐに船を出さなけりゃならねえんだ。お前の仲間にも、会いたかったんだが」
シャンクスのあまりに急激な変化に、ルフィはついていけなかった。こくりとうなずく。
「で、悪いんだか、お前がバギーと会った場所、だいたいでいいんだが、教えちゃくれねえか?」
ルフィがおおよその見当で場所を教えると、シャンクスは片腕を上げて、言った。
「みんな、宴会は終わりだ。船を出す!」
仲間はそれぞれの声色でときの声を上げた。
「進路は北。目標は、道化のバギーの本船だ。バギーの船を襲う!」
海賊たちの目が血走る。
「バギー一味を皆殺しにする」
ルフィには信じがたい光景だった。しかし、海賊たちは臆することなく、我先にと酒場を後にしていった。誰もが去り、最後に残った副船長が、ルフィに告げた。
「ルフィ、これもシャンクスの正体だ。よく覚えておくんだな」
ルフィは何も答えることができなかった。
4
「ルフィに会った時点ですぐにバギーが船を出してたとして、二時間くらいか?」
「ああ、そんなもんだろう」
「だったらまだ追いつける。グランドラインで鍛えた操船術を駆使すればな」
風は向かい風に近く、それほど強くはなかった。無風でさえなければ、逆風であろうと横風であろうと、シャンクスの船には関係ない。バギーの船にどれほどの航海士が乗っているかは知らない。どんな腕前だろうが、進路さえ間違わなければ、少なくとも明日中には追いつくことができるだろう。
シャンクスは船首に立って、自ら進路を見据えていた。副船長はその後ろに立って、見えない敵からシャンクスを守っていた。
一番恐ろしいのは、ギリギリに張り詰めた精神の糸を綱渡りしているような、シャンクス自身だった。
「なぜそこまでバギーにこだわる」
たまらなくなって、副船長は訊いた。シャンクスのバギーに対する執着は以前からずっと知っていた。身体は副船長に委ねながらも、シャンクスの気持ちはいつも遠かった。副船長が知らない男の上にあった。
「オレは裏切りは許さねえ。あいつも判ってたはずだ」
答えになっていなかった。おそらく、シャンクス自身、気付いてはいないのだろう。
「中に入れ。身体が冷える」
副船長が抱き寄せる動作にシャンクスは抗わなかったが、視線はずっと進路を見据えたままだった。口付けにも、抱擁にも、抵抗はなかった。視線だけが裏切っていた。
(バギーを殺したら、この人はどうなる)
答えはない。誰にも判らない。シャンクスは、バギーを殺す瞬間のためだけに今まで生きていたのかもしれない。だとしたら、バギーを殺したとき、シャンクスの人生は終わるのだろうか。
(頼む。できることなら追いつかないでくれ!)
それは、副船長の魂の叫びだった。
あれから、二十年が経った。
「シャンクス、今夜おもしれえモンが見られんだ。おめえもどうだ?」
甲板掃除がその頃のシャンクスの日課になっていた。バギーと日替わりで、半分ずつをモップでこする。ときにはバギーがサボることもあったから、手は抜けなかった。集中していたところにいきなり声をかけられて、ややぼうっとした頭で、シャンクスは振り返った。
シャンクスたちが見習いになったことでようやく見習いの肩書きが外れたばかりの、いつも三人でつるんでいる先輩のうち、リーダー格の一人を除いた二人がそこにはいた。
「おもしれえこと? なんすか、それ」
「来てからのお楽しみよ。真夜中にここで待ってる」
シャンクスの問いにも答えず、シャンクスの答えも聞かず、ニヤニヤしながら二人は去っていった。少し変に思いながらも、もともとそれほど考えることに向いている方ではない。すぐにそんな変な気分も忘れてしまって、また甲板磨きに精を出す。船尾の方にはバギーが背を向けてモップを動かしているのが見えた。
(珍しく真面目にやってるじゃん。感心感心)
時々喧嘩もするけれど、バギーのことは嫌いではなかった。シャンクスのからかいに馬鹿正直に刃向かってくるのは面白かった。バギーは単純な奴だ。宝の地図に託された神秘やロマンよりも、埋まっている莫大な財宝を愛している。
シャンクスは約束を忘れなかった。真夜中、甲板に出て船首に向かうと、昼間シャンクスに声をかけた二人は、既にマストの陰でシャンクスを待っていた。
「誰にも見られてねえか?」
「ああ、大丈夫だ」
「そんじゃ、足音立てねえようにオレたちについて来い」
どうやらその面白いことというのは、ここで見られるのではないらしい。言われた通りにあとをついてゆくと、梯子を降りた船倉の、二つある宝物室の片側、今は戦利品が少ないために使われていない宝物室の扉の前に辿り着いた。
薄暗い通路で先頭に立っていた先輩は扉の前で振り返って、今一度確認するように唇の前に人差し指を立てた。シャンクスがうなずくと、慎重に扉を開けて、中に入るように指示する。
扉を開けた瞬間、その声が誰のものなのか、シャンクスには判ってしまった。
(バギー……?)
扉の前には、まるで目隠しをするかのように、木製の空箱がいくつか積み重なっていた。前の二人がその陰に隠れて向こう側を覗き見ていたので、シャンクスは反対側から、箱の向こうの様子をうかがった。しだいに暗闇に目が慣れてくると、そこにいるのが二人の男だということが判った。一人は、先輩二人といつもつるんでいる最後の一人。そして、その下に引かれて喘ぎ声を上げているのは、昼間とはまったく違う顔をしたバギーだった。
(……ほんとにバギーだ)
いつものバギーの声色よりもほんの少し高めの、甘い喘ぎ。先輩海賊が腰を揺らすリズムに乗せて広い宝物庫に響いていた。他人のSEXを見るのは初めてだった。シャンクスの目はバギーの肢体に釘付けで、自分が無意識に生唾を飲み込んでいたことにも気付かなかった。
「どうだ? 来てよかっただろ?」
耳元でささやいた誰かの声にうなずいた。その声はさらに近づいて、シャンクスの身体に触れ、撫でてきた。
「なあ、お前もさせろよ」
ようやくシャンクスにも相手が何をしようとしているのかが判ったので、いつも持ち歩いている短剣の柄を目前に差し上げ、ひと睨みすることで返答に代えた。
それ以上の邪魔は入らなかった。再び目を向けたシャンクスの目の前では、バギーが相手の男の背に腕を回しているところだった。
シャンクスの胸が、チクリと痛んだ。
(そんなことまでする必要ねえだろ!)
何に腹が立つのか、自分でもよく判っていなかった。船の上ではこういうことが日常的に行われていることくらい知っている。シャンクスだって誘いを掛けられたことがない訳ではない。そのたびにあしらっていたからそれ以上シャンクスを誘うような奴はいなかったけれど、バギーにも自分と同じあしらいを強要する権利はシャンクスにはないはずだった。
バギーが誰に抱かれていても、バギーが誰を好きでも、シャンクスに立ち入る権利はない。誰の背中に手を回しても、誰に口付けを許しても。
翌日の甲板掃除では、シャンクスは船尾の担当だった。この時間、海賊たちの多くは船室で昼寝をしている。見習いに昼寝は許されていなかったから、甲板に誰もいないこの時間にシャンクスたちは掃除をするのだ。しかし、シャンクスは船尾には行かず、船首で黙々とモップを動かしているバギーの後ろに立った。
「バギー、お前、あいつのことが好きなんか?」
バギーは驚いた様子すら見せなかった。
「やっぱお前らか。……別に見てても面白くなかっただろ?」
気付いていて、それなのに腕を回したのか。
「嫌じゃねえのか?」
「他にやりてえ奴がいるわけじゃねえし、そんな気にしてねえ」
なぜ、胸が痛むのか。何がそんなに腹立たしいのか。
あの時は、まだ判らずにいた。
扉へ 次へ