| 「漂流日記」 |
| 連載537回 2008年10月3日 この年齢になってサッカーの面白さにすっかり目覚めてしまった今日この頃。先週の日記に書いたACL準決勝のガンバ大阪×浦和レッズ戦だが、私は仕事で見に行けないがS君は気合が入りまくりで、前売りの発売当日、昼休みに職場をぬけて近くのコンビニへチケットを買いにでかけていった。 一軒目のファミマではすでに売れ切れで、二軒目のローソンでなんとかゲットしたらしい。翌日のニュースではチケットは即日完売とでていた。なんだかすでに盛り上がっているような気配で、見に行けないのが残念だなぁ。と思いつつ、明日はヴィッセル神戸×京都サンガ戦を観にいくぞ。 先日、職場のI君が近づいてきて、「写メを見てくれ」という。その写真には色紙が撮られていて、それは漫画家<あさりよしとう>の色紙だった。サインの横にはちゃんと、「宇宙家族カールビンソン」の<お父さん>の似顔絵が書かれてあった。 I君は、これを見せて喜んでくれるのは私しかいないと思ったらしい。期待どおり私は面白がって、「どうしたの?」と訊いたら、「この前、梅田をブラブラしていたら、偶然あさりよしとうのサイン会に出くわし、それで並んでゲットした」とのこと。ちなみにI君はお父さんのフィギュアを持っているらしい。 「宇宙家族カールビンソン」は大好きな漫画だった。「少年キャプテン」という雑誌に連載していたのだが永らく休載中で、私が読んでいたときは未完の全7巻だった。I君の話によると、数年前から連載を再開したのだが、今度は雑誌が廃刊になり、現在は未完の全13巻ということになっているらしい。 宇宙を旅する異星人の旅芸人一座の宇宙船が、正体不明の宇宙船と衝突事故を起こす。一行は無事だったが、正体不明の船は大破して惑星アニカに墜落してしまう。生き残っていたのは赤ん坊(コロナちゃん)ただひとりだった。結局、赤ん坊の母星の手がかりのないまま、一行はその子の母星からの救助が来るまで惑星アニカに留まり、その子の家族を演じて成長を見守る事にする。そして4年の歳月が流れた…。 辺境の惑星を舞台に、様々な奇妙な仲間たちと繰り広げられる、<ほのぼの超SFホームコメディ>とでもいえばいいのだろうか。マニアックかつシュールなギャグ作品に、シリアスなSFが加味され、不思議な世界を形成している。ギャグパートは、SF・特撮・ゲーム・落語などのネタが満載で、知識がないとパロディ元がわからない。もちろん、わからなくても十分面白い。 シリアスパートは打って変わってハードSFになっており、作品の中心はあくまでギャグなのだが、シュールでほのぼのしてて、時にシリアスにもなるストーリー展開がバランスよく進行する。 なにがマニアックかといって、まずタイトルが「宇宙家族ロビンソン」のパロディになっている。そして、惑星アニカに元から住む“人々(原生生物)”の描き方がディープなマニアックさ。。それぞれ名前がついているのだが、 ●コーちゃん 釣り(吊り?)が得意で、いつも眠そうな目をしている。額には「川」の字。元ネタは川北紘一 ●ジッソーくん いつも顔の前に何かをおき、物陰で哲学している。額の文字は「実」。元ネタは実相寺昭雄。 ●ショウちゃん 額に「中」の字。大の爆発物フェチ。中野昭慶が元ネタ。 ●シンちゃん 額の文字は「樋」。ミニチュア作りが得意。樋口真嗣が元ネタ etc・・・・。 もう特撮マニアにしかわからないネタばっかり。 しかしながら、実に謎多きお話です。お父さんは何者なのか…。お母さんの中身はどうなっているのか…。そして、コロナちゃんは無事に地球に帰ることが出来るのか…。何にも謎が解明されないまま未完で中断。はたして完結するのだろうか。 ![]() 「宇宙家族カールビンソン」おとうさんフィギュア |
| 連載536回 2008年9月26日 今週は万博競技場へ、<ガンバ大阪×アルカラマ>のACL準々決勝を観にいってきた。ゲームは2-0でガンバの快勝。これで準決勝へ進出。そして、準決勝の相手は因縁のライバル浦和レッズに決定。一緒に行ったS君なんかは気合が入りまくり、「これはもう、観にいくしかないでしょう!」と、帰り道ですでに吠えている始末。 しかし、ゲームを観ながらふと他のことを考えてしまった。「今日はこんなことをしている場合じゃないんだけどなあ」と。というのは、阪神タイガースが大事なゲームを甲子園でやっているというのに。このゲームのチケットを買ったときは、まさか阪神がこんなことになっているとは夢にも思わなかったものなあ。ひょっとしたら、すでに優勝が決まったいるかも、と思っていたぐらいだもの。 まあ、野球にサッカーにと、色々と楽しませていただいています。しかし、ACL準決勝の対レッズ戦は仕事で観にいけないのが残念。 職場のIサンが、「よかったらこれを観る?」といってDVDを一枚わたしてくれた。それは、ナンシー・グリフィスの「WINTER MARQUEE(2002)」というライヴDVDだった。これが良かった。 私はナンシー・グリフィスのCDを二枚だけ持っている。「OTHER VOICES/OTHER ROOMS」と「OTHER VOICES, TOO」の二枚だ。これは、ナンシー・グリフィスが影響を受け、敬愛し続けているという シンガー・ソング・ライター達の曲を歌ったカヴァー集だ。アメリカのシンガー・ソング・ライターの歴史そのものといえるアルバムで、生真面目なまでにフォークの伝統を貫いた真摯な作品で、とっても素敵なアルバムだった。 そのナンシー・グリフィスのライヴDVDなのだが、前述したように私が持っているCDがカヴァー集なので、このDVDではじめてナンシー・グリフィスのオリジナル曲を聴いた。淡々と、ただひたすらに、淡々と、感情を押し殺すかのように歌っている。しかし、聴けば聴くほどジワジワと沁みてくるんだなあ、これが。 ライヴはほとんどがオリジナル曲だが、数曲カヴァーも取り上げていて、これがまたシブイ。ボブ・ディランの「BOOTS OF SPANISH LEATHER」。フィル・オークスの「WHAT'S THAT I HEAR」。そしてタウンズ・ヴァン・ザントの「WHITE FRIGHT LINER」。シ、シブイ。シブすぎる。 和み系の柔らかい優しい歌声ながら、深みもある。ナンシー・グリフィスって私と同い年なんだけど、なんだか良い歳を重ねてきたんだなあ、というような彼女が送ってきた人生をも感じさせるライヴだった。 ゲストにエミール・ハリスとトム・ラッセル。エミール・ハリスとは「GOOD NIGHT,NEW YORK」をデュエットして、最後は全員で「IF I HAD HAMMER」を歌って終わり。いいライヴDVDでした。 |
| 連載535回 2008年9月19日 台風が来ているようだ。私の仕事は天気に左右されることがあるので、台風なんていうものは、あまり来てほしくない。八月の終わりころだったか、一週間ほど、いわゆるゲリラ豪雨がつづいたことがあった。あの時は参った。毎日といっていいほど仕事に支障がでた。 ある日なんか徹夜になったことがあった。過去にも天気のせいで仕事が遅れることはあったが、それでも一時間や二時間は仮眠することができたが、完全徹夜ははじめてだった。職場の古い人に訊いても完全徹夜は経験がないとのことだった。まあ歴史的な日に立ち会えたことになるのだが、こんなことには立ち会いたくなかった。 先月のゲリラ豪雨のときもそうだったが、関西では大丈夫でも、東海、関東の天気次第で影響がでるから厄介だ。さて、今回の台風はどうだろう。 今日から「阪神×巨人」の三連戦である。この三連戦はセ優勝への天王山となるようだ。オリンピック前までは、「今年は楽に優勝だ!」と思っていたのがこんなことになるなんて。 職場でも巨人ファンがにわかに元気づいている。一時は阪神ファンに一方的に言われ放題だったのが、最近は軽口の応酬になっている。それにしても<オールド阪神ファン>は悲しい。 「ダメ虎」といわれたころの弱い阪神。そのときのトラウマがあるのか、すこし連敗すると、「もうアカン」「優勝なんかできひん」等々、すぐにネガティヴな言葉がでる。そのかわり、連勝でもしようなら立ち直りもはやく、すぐに強気な発言がでる、お調子者といえばそうなのだが、オールド阪神ファンはウットウシイし可愛い。 久しぶりに職場で見た有名人を。女の子が走り回っているので、「また誰か芸能人か」と思ってみていたのだが、それにしても女の子の数が多い。よほどのアイドルが来るのか、と野次馬で見ていると、来たのは上地雄輔だった。さすがに今一番のシュンのタレント。女の子の騒ぎかたがハンパじゃなかった。 これは別の日だが、私が個人的に嬉しかったのは小泉今日子が見れたこと。もう顔が小っちゃくて可愛いったらありゃしない。「グーグーだって猫である」の宣伝で大阪に来たらしいのだが、可愛いかったなあ。 今回はどうでもいい身辺雑記でした。 ![]() |
| 連載534回 2008年9月12日 夕方ころ散歩をしていると、ようやっとツクツク法師の鳴き声が聞こえだしてきた。今年はおそいように思うけど、ヒグラシの鳴き声もまじり、夏の終わりを感じるようになってきましたよ。 買い物の帰りに、某古本チェーン店に寄ってみた。半年ほど前にオープンした店で、その開店時に覗いてみたときには、こういっちゃなんだがロクでもない本しかなかった。 半年ぶりに見てみると、すこしは品変わりしているようで、均一棚で5冊ほど抜き取り、ほかの棚を見て回っていると、漫画本コーナーで「ストップ!にいちゃん(関谷ひろし)」を見つけた。アース出版局の<漫画名作館>シリーズのもので、値段が安かったので、ついこれも買ってしまった。 「ストップ!にいちゃん」は、おそらく私が最初にのめりこんだ連載マンガではないかと思う。月刊誌「少年」の連載で、当時「少年」には、「鉄腕アトム」も「鉄人28号」も載っていた。ただ私はアトムや鉄人のシール集めにも夢中になったが、読者として熱心に読んでいたのは、何と言っても「ストップ!にいちゃん」だった。@ストップ!にいちゃん、A鉄人28号、B鉄腕アトム、Cナガシマくん、Dポテト大将・・・・・そんな順位で読んでいたように思う。 「ストップ!にいちゃん」は、五中野球部キャプテン・南郷勇一を主人公に、弟の賢二、愛犬ボス、五中新聞部で勇一の隣家に住むサチコ、奇怪なアンマ師・柏鵬堂さん、といった面々が活躍する物語だ。勇一は運動神経バツグンのスーパーマン、だが一方でケンカっ早くオッチョコチョイ、といった<二枚目半>の線である。この辺がいわゆる完璧二枚目正義の味方という主人公を配した他の野球マンガとは一線を画していた。 あとがきで作者の関谷ひろし氏が書いているのだが、「当時四色と二色の八ページの本誌から別冊フロク(多いときは六十四ページ、少なくて四十八ページから三十二ページ)へ続く形式でした。連載七、八本のうち四、五本がこの本誌別冊形式だったので、ゆっくりネームを考える余裕も時間もなく、一ページごとにペン入れしながらストーリーを考えていくやりかたをしていた。一ページ先は闇の状態で進行していました・・・・・」という。 ペンを握って絵を描きながら、その場でストーリーも考えていた。これは凄いことだ。行きあたりばったりな展開といえばそうなのだが、逆にそういった作業のしかたが「ストップ!にいちゃん」特有のスピード感を産んだ、とも思える。 六十四ページに及ぶという別冊フロク。これは当時の月刊漫画誌がとっていたスタイルだ。本誌に話のさわり部分が描かれていて、後は新書判型くらいの別冊小冊子で読む。鉄人、アトム、ストップ!にいちゃんといった人気漫画八作くらいの小冊子が本誌の真ん中に他の付録オモチャなんかと一緒に、はさみ込まれているのだ。 「少年」「ぼくら」「少年画報」といった月刊漫画誌は本屋の棚で、どれもビニール袋詰めにされて、なかでフロクのパンパン度合を競っていた。「少年」が<豪華十六大フロク>とやれば、「ぼくら」が<十八大フロク>、挙句のはてに<二十一大フロク>あたりまでイッたのではないだろうか。 『ストップ!にいちゃん』を読むと、フロクでパンパンに膨れあがった月刊漫画誌が本屋に並んでいた時代を想い出す。 ![]() |
| 連載533回 2008年9月5日 今週も古い日本映画の話題を。今週は「蜂の巣の子供達 '48 監督/清水宏」。 先週の島津保次郎もそうだったが、清水宏の映画も今回が初見だ。映画の本によれば名監督の一人にまちがいない清水宏だが、なぜか今まで観る機会がなかった。清水宏で知っていることといえば、若い頃に田中絹代と結婚していたとか、小津安二郎の親友だったとかぐらいか。 「蜂の巣の子供達」は戦災孤児を真正面から描いた映画だ。冒頭『この子たちを知りませんか』という字幕がでる。なんの意味かわからなかったが、あとで資料を読むと、出演している子供たちは、清水宏が実際に何人かの浮浪児を引取って育てていて、その子供たちが出演しているからなのだ。現実の戦災孤児たちが演技しているのでそれは素人くさいのだが、気になるのは最初だけで、すぐに映画に引き込まれる。子供だけではなく、ほかの出演者も素人ばかりを起用している新しい試みの映画で、プロの俳優はひとりも出ていない。 物語は単純で、復員してきた若者(岩波大介/なんと当時は本物の熱海駅の駅員)が下関の駅で戦災孤児たちと親しくなり、彼らは山陽道を旅しながら、若者が少年時代を過ごした孤児の施設に行くまでを描いている。いわば、ストリート・チルドレンのロード・ムービーである。 山陽道の景色がいい。〈国破れて山河あり〉とはよくいったもので、とても昭和23年の風景とは思えないほどノンビリした雰囲気がただよっている。この風景のなかを、戦災孤児という非日常的な集団が旅する。これをおおらかな日常感覚で描いている。戦争が終わってわずか三年でこんなにのどかな映画が作られていたことに驚く。 矛盾しているようだが、この映画は「ノンビリとした戦災孤児の物語」である。そののどかさが愛すべき魅力になっている。悲愴なヒューマニズムもないし、思いつめた社会告発もない。 復員兵と子供たちは、行く先き先きで仕事を見つけては働く。報酬は食べ物だったり、現金だったりする。「蜂の巣の子供達」は労働賛歌のイメージにあふれている。清水宏は、不可能だとはわかりつつ子供たちに自立の夢を与えようとしている。 佐藤忠男は「まるでおとぎ話である」と書いている。「しかし、清水宏にとってはそういうリアリズムの観点から生じるような種類の問題はいっさいどうでもいいことであったらしい。ただ、ささやかな風景が撮りたかったのであり、快い風景の中を無心に嬉々として歩く子どもたちの姿を撮りたかったのであり、戦争で荒廃した国土がほのぼのと温かく潤って見えてくる様子を見たかったのだろう」と続く。 「蜂の巣の子供達」は、ユートピア物語ではあるが、その夢見る力は、どんなリアリズム映画にも負けないほど強い。 笠智衆は「小津先生の作品は、いろんな人があれこれ言いますが、清水オヤジのシャシンをきちんと評価する人がいないのが不思議でなりません」と語っている。 ![]() |