| ゲバラ笹部の「元古書店主の漂流日記」 2005年9月、10月分 |
| 連載388回 2005年10月28日 23日に、劇団「犯罪友の会」公演の『にほやかな櫛』をMサンと観に行く。昨年に続き、今回もまた難波宮跡に大掛かりな小屋を建てていた。 「犯罪友の会」の野外劇は、いわゆるテント小屋とは違い、多数の丸太を使用し劇場を組み立てるという方法。客席は階段状になっている。劇団は今年で結成30年だそうな。 一昨日あたりから急に冷え込み、野外劇を観劇するにはちょっとツライ。入り口で毛布を受け取って最上段に坐る。普通は直に坐るのだが、最上段席だけ箱が置かれ椅子になっている。2時間あまり直に坐っていると、なにしろ腰が痛くなってしょうがない。椅子席のほうが楽だもんね。 上演時間が迫るころには、客席はほぼ埋まる。客層は、20代から50代までの様々な年代がいるようだ。なかには、あきらかに劇団員の家族関係と思える人も。 今回もまた時代は明治で日清戦争の頃。大阪の下町や場末の遊所を背景に話は進行してゆく。 大きな舞台効果や、野外劇らしい転換があまりなく、観終わっての感想は、ちょっと消化不良気味。コケオドシともいうべきケレン味が野外劇の醍醐味で、個人的にはそれが好きなんだけど、今回はシンプルに終わってしまったのが、ちょっとネ。 看板役者の川本三吉も悪くないけど、やっぱりデカルコ・マリーが抜群。今回は、そのデカルコさんも昨年のような活躍の場があまりなく、そのこともイマイチの印象の原因。 「犯罪友の会」は、15年ぐらい前から江戸時代に題材をとり、ここ3年ぐらい明治が舞台になっている。主催者の武田一度は、昭和史をやりたくて、日本の民族や文化を調べているうちに、江戸時代まで遡ってしまったらしい。あくまで狙いは昭和史だから、これから日露戦争、大正時代、そして昭和20年までと。あと10年はかかるらしい。こっちは、それまで付き合えるかしら。 武田一度はインタビューで、 「いま日本が民族主義化してますよね。それを左翼言語で批判するのは簡単やけど、それじゃあ通じないだろうなあと思う。これから大変な時代になっていくと思うんです。民族主義とは何かという問題が大きくでてくると思う。 これから10年間、その闘いだと思う。いちばんの分かれ目は、戦争が終わってからの10年間をどうとらえるかということやと思うんです。国の形がどうできて、戦後民主主義はどうできあがったか。ここをいま右翼は焦点に持っていこうとしとるんで、ここをきっちり踏まえんと、戦後の60年間をひっくり返されるんじゃないか。そんな危惧がごっつうあるんです。」(アリスインタビューより) やっぱり、あと10年、付き合うしかないか。 そうそう、貰ったチラシのなかに「未知座小劇場」のがあった。劇団としては解散してしまったが、演劇プロデュースとしては残っていて、その公演チラシが。打上花火と曼珠沙華の二人芝居のようだが、何年ぶりだろうか。これは是非、またMさんと観にいかなくっちゃ。 ![]() |
| 連載387回 2005年10月21日 たしか15年ほど前だったと思うんだけど、山田太一の単発ドラマ「なつかしい春が来た」というのがあった。よく出来たドラマで、それで覚えているんだけど、なかでも、優柔不断な中年の大学教授(杉浦直樹)が、行き付けのラーメン屋の親父(ハナ肇)に愚痴をこぼすシーンが記憶に残っている。 「ぼくは、どうも見当違いのときに我を張ってしまう。肝心な時には簡単に折れたりするくせに、つまんない時にバカにされたくないと思って頑張って・・・。生き方が決まらないんだよ。どうやったら親父さんみたいに形がビシリと決まるのかね。こっちはいつもフワフワしてさぁ、人格がドシリとまとまらないんだよ。」 「そりゃぁさ、誰かの真似をするといいんだよ。こういう人間になりたいとかね。あんたね、人間なんてのはメシを食うところから寝ることまで、先に生きてる人の真似をして生きているんだから。だとしたら、真似をするくらい恥ることないじゃないか。人の真似をしよう、こういう人になりたい、なんてのは謙虚な気持ちなんだよ。こういう人になりたいな、と思っていたら、人格がそういうふうになっていくんだから。」 おおよそ、こんなシーンだった。まあ、この会話にはオチがあって、杉浦直樹が 「あっ、わかった。親父さん、アレだろう。新国劇の島田正吾かなんかに憧れているんだろう。」 「フン!ハンフリー・ボガードよ。」 憧れ。これはなかなか幸福な感情である。ある人物や物に対して、 「いいなあ。あんなふうになりたい。ああいうものを手に入れたい。」 と憧れている瞬間、たしかに幸福の中にいる。ひょっとしたらその望みが果たされた時よりも、憧れている間の方が幸福なのではないかと思えるほどである。 たとえば、戦前の若者たちは〈何かに憧れる〉度合いが強烈だったのではないだろうか。海外旅行一つ取り上げてみても、ふつふつと沸き上がる異国の地への憧れの強さは、現代の若者が抱く生ぬるい海外旅行観とは比べものにならなかったのでは、と思える。むろん旅行だけに限らず、自分の一生をかける仕事や人生そのものについても、同様のことが言える。戦前の若者たちは、歴史上の偉人や著名な人物、あるいは無名でも一つの意思を貫いた人物に対して、強烈な憧れを抱き、それを目指して生きていたように思える。 〈何かに憧れている〉ことを明確にするには、同時に憧れの対象よりも自分の方が小さな存在であることを認めることでもあるから、そこにはある種の恥ずかしさが伴う。 「そんな下らないものに憧れちゃって」 などと誰からか揶揄される不安も、確かにある。しかし、強烈な憧れには、本人も驚くほどの力が含まれているんじゃないだろうか。しかも元手はタダ。使わない手はないと思うのだが。 ところで、物心ついてから、一番最初にぼくが憧れたのは、何を隠そう坂本九ちゃんであった。九ちゃんのどこに惹かれたのか、はっきりと思い出せないが、おそらく「多くの人に愛されている」という部分に憧れていたのだろう。子供というのはみんなそうなのかもしれないが、私は特に愛することよりも、愛されることに貪欲な少年だった。 ![]() |
| 連載386回 2005年10月14日 私の職場では月に八日の休みが基本だ。ようするに週休二日なのだが連休はない。曜日に関係なくバラバラに八日の休みがある。どうしても休みたい曜日や連休をとりたいときは、事前に予定表に記入することになっている。なんにもしなければ、休みは適当に振り分けられ、半月ごとにシフト表が配られる。 同じ日数の休みでも、バラバラに休むのと連休とでは印象が違わないだろうか。たとえば週休二日の人は、 「日曜も幸せだけど、土曜の方がもっと幸せ。」 と感じているはずである。理由は明快。日曜日は翌日が出勤だが、土曜日の場合は休みが〈もうひとつある〉からである。好きなものや楽しいことは、ひとつ手に入れるだけでも確かに嬉しいものだが、さらにもうひとつ同じものがあるとなると、幸福度は二倍どころか十倍くらいになる。 私が小学生一年生か二年生の夏休みのことである。客人が一人、我が家を訪ねてきた。やけにひょろりとした体型のおじさんだったことを覚えている。 挨拶だけをして私は遊びに出た。日暮れまで近所の原っぱで遊んでから家に戻ると、おじさんの姿は既になく、代わりに居間の座卓机の上にケーキらしき箱がひとつ、忘れもののように置いてあった。私はたちまち瞳を輝かせた。当時、ケーキは贅沢なお菓子のチャンピオンであり、誕生日かクリスマスに食べるものと相場が決まっていたのである。はやる気持ちを抑えつつ、箱の蓋をそうっと開けて覗き込むと、中にはイチゴのショートケーキが七個並んでいた。 「やったー!」 心の中で叫んだと同時に、私の脳裏を幼い悪巧みがよぎった。家は七人家族だが、祖父はケーキを食べない。箱の中には七個ある。ということは、どうしても一個余っちゃうわけではないか。 幸い、辺りに人の気配はない。母親は台所だし、父親はおじさんを駅まで送っていったらしい。私は改めて周囲を確かめてから、 「チャーンス!」 と叫んでケーキを一個取り出し、すごい勢いで自分の部屋まで走っていった。そして机の一番深い引き出しの中にケーキを隠すやいなや居間に舞い戻ってケーキの箱の蓋を元通りに閉めた。大成功である。 その夜、夕食後に戴きもののケーキが登場し、家族が舌鼓を打ったわけだ。兄も姉もしきりに美味しいと言っていたが、私だけはその美味しさを明日も体験できる。実に痛快な気分であった。 しかしながら翌朝、私は〈もうひとつある幸福〉の絶頂から、谷底まで一気に転落した。家人の目を盗んで、わくわくしながら引き出しを開けてみたら、ものすごい腐臭が漂ってきたのである。季節は夏休み。引き出しの中は当然サウナと化し、私の〈もうひとつある幸福〉は、見るも無残に腐り果てた・・・。 幸福は決して長続きしない。それなりの幸福の後には、それなりの不幸が訪れて、それなりに人生のバランスが保たれるようにできている。この真理を、私は弱冠七歳にして学んだわけである。 15日に西宮でライヴをします。たぶん今年最後のライヴになると思います。今回は事情があって、四人ではなく三人ヴァージョン。いつもは黙ってベースを弾いている私も少しだけコーラスで参加。さて、どうなることやら。 ![]() イチゴショーツの思い出ね、あれイチゴショートか(ごめん!下ネタで) |
| 連載385回 2005年10月7日 職場のS君は鮨が大好きだそうで、 「鮨やったら、毎日でも食べれますねえ。まったく飽きませんわ」 と言っていた。実際、ここ数週間は毎日といっていいほど鮨を食べているらしい(といっても、高級鮨店じゃなく、もっぱら〈かっぱ寿司〉らしいけど)。 ところが昨日、 「さすがに飽きてきましたわ。鮨やったら毎日でも食べれると思たんやけどなあ。」 当り前のことだが、いくら好物でも、毎日では飽きますよ。 S君の好物である鮨は、私も大好きだ。握りは勿論だが、チラシもなかなかいい。酢飯の上に鮮やかな色彩のネタや具が、これでもかこれでもかと載せてある様子は、握り鮨の華やかさや賑やかさに負けないものがある。 その昔、私がまだ少年だった頃は、現在のように手巻鮨を家庭で楽しむような発想はなかったので、鮨といえばこれはもうチラシ鮨のことであった。具は錦糸卵やマグロの刺身や甘く煮つけた椎茸、グリーンピースなど。今にして思うと、大して高級なものが載っていたわけではないのだが、その賑やかな印象は子供心にもインパクトがあった。 「今日はチラシ鮨にしようか」 と母親が告げると、拳を固めて突き上げて、 「ヤッター!」 と叫んだものである。普段なら台所の手伝いなんて絶対やらないのに、チラシ鮨の時ばかりは母親のそばにくっついて、 「自分にできることがあるなら、遠慮なく言って下さい。全力でやらせていただきます!」 などと自分から進んで手伝いを買って出た。こういう時、私が任されるのは〈酢飯の扇ぎ係〉という手伝いであった。これはもう誰しも少年少女時代に、一度や二度はやらされたことがあるだろう。炊きあげた御飯に酢をまぶした後、それを適度に冷ますよう団扇でパタパタ扇ぐ係である。私はこの手伝いが大好きで、もうもうと甘酸っぱい湯気を立てる酢飯を前に団扇を使っていると、何とも言えず幸せな気分になった。 もちろん扇いでいる最中に、たまらない気持になって、まだ熱い酢飯を手掴みでツマミ食いしたりもした。 それから忘れられないのは、田麩(デンプ)。あの体に悪そうなピンク色した田麩。これを大量に振りかけ、チラシ鮨ではなくて田麩鮨のようにしてしまうのが常であった。 そうやって子供たちまでも協力して作ったチラシ鮨は、一家揃って食べるのが似合う。独身の男が一人でせっせとチラシ鮨を作り、それを一人で食べる図なんていうのはあまり幸せそうでない。たとえそのチラシ鮨がすごく美味しくても、決して幸福ではない。家族あるいは多人数でチラシ鮨、これが正しい。 チラシ鮨にかぎらず、食事は、家族や多人数のほうが、なんでも美味しいに決まっている。ア〜ア、美味しい食事をしていないなあ。 ![]() 独り者はやっぱりこれで行きましょう |
| 連載384回 2005年9月30日 祝!タイガース優勝 当然うれしいんだけど、’85年や’03年のときのような爆発的な喜びじゃなく、シミジミとした味わい深い喜びです。 |
| 連載383回 2005年9月24日 職場のS君は、今、大塚愛に夢中。CDはもちろんのこと、DVDも持っている。私に「よかったら貸しましょうか?」と言ってくれるのだが、この歳になって、大塚愛のDVDを借りてもなあ。 もう一人のS君。週刊誌のグラビアをパラパラと見ていたら、「熊田曜子って可愛いと思います?」「うーん、可愛いくはないわなあ」「そうでしょ。吉岡美穂のほうが可愛いですよね」「まあね・・・」。 両S君。私のことを幾つだと思ってんのよ。君らの親父ぐらいの歳なのよ。家じゃ親父にそんな話題はふらないでしょ。それとも私がカルすぎるのかなあ。 年とともに好きな顔が変わるのは普通だ。私が少年の頃、好きになった女の子には、決まってあるパターンがあった。普段はいるかいないかわからないくらい目立たない女の子である。ところが、秋がきて運動会が近づくとにわかに活気づく女の子がいた。普段目立たない女の子がひとたび運動会に臨むとあれよといっているすきに三人抜きとか、もっと凄い時は五人抜きなんてやってしまう。どこまでも高い空。その瞬間、私はぼうっとなった。その子のゴールに入る姿が焼きついた。まだ恋とか憧れとかいう前に、ともかくぼうっとなり胸のあたりがざわめくのあった。 走るのが速い女の子は目が澄んでいて不屈に見えた。足首が細い。関係があるのかないのか、ともかく私の少年時代は足の速い女の子に憧れた。 そして、十代は内藤洋子を最初に、ともかくきれいな顔に憧れた。人間の中身まで考えている暇はない。ともかく見てくれが美しいことがすべてだった。ブスの女は目に入るだけで不潔だと思っていた。まだ未熟な頃ですから、いたしかたありませんやね。 二十代の後半になって、好きな女の顔は少しづつ変わっていったと思う。ただきれいな顔では満足しなくなったともいえる。それだけ女の内側が見えだしたのか。憧れは徐々に消えうせ、手の届かないものなどどうでもよくなったともいえる。よくわからない。 でもこういうことは、当然、循環していくものである。つまり、人は欲が深いから、いつでも性格が良ければいいというものではなく、ただきれいな顔がよかったり、あるいは自分が極度にへこたれている時は、目の前に優しい女の顔があれば、それもいいと思ったり、また戦闘的な女性の顔が好きなこともある。 四十歳を超える頃には、女の顔にはもはや興味はなく、花鳥風月に心がいってしまいそうな危ない日もあるが、いまのところは、幸せそうな女の顔というところに落ち着いている。薄幸な女にも知らず知らずのうちに体が引き寄せられるが、いまは誰が見ても幸せそうな女の顔がいい。若い女が輝いているのはそれはそれでいい。 ところで、最初に憧れた芸能人の内藤洋子だが、2,3年前に久しぶりにテレビで見たときはちょっとガッカリしてしまった。仕方のないことだけどオバサンになっていたものなあ。それに比べて、吉永小百合は今でも美しい。どうしてなのかわからないくらい美しい。ありふれたことだけど、当然トイレなんか絶対に行かないんだろうなあ。行くわけがない。あの顔は、奇跡だ! 失礼しました。 ![]() いえいえ喜多嶋洋子さん(55歳)も美しく歳をとられてますです |
| 連載382回 2005年9月16日 先日、職場のTさんがトンでしまった。トブというのは、まあ夜逃げのことです。 朝、出勤時間になってもTさんが来ない。連絡をとるが、どうにも捕まらない。後日、本人からTELがあり、借金でどうしようもなくなったらしい。色々と噂話を聞いていると、夫婦ともパチンコ好きで、借金はそれが原因らしい。 私の行っている職場は、そういう職場です。なんというか、ある種、人生の吹き溜まりみたいなところであります。いわゆる負け組ってやつですか。まあ色んな人のいること。この年齢になっても人生の勉強になりますよ。それにしても、金がらみでは色々とあります。職場の同僚に金を借りまくってトンだヤツもいたなあ。 私は、金儲けが下手だ。それが悔しい。金が欲しい。金はいくらあってもいい。そう思っている。しかし私にはその才能がない。 月並みな言葉だが、昔からいう通り金儲けには運と鈍と根が必要なようだ。運と鈍と根は、確かに金儲けの基本である。 運は、当然、興味があった。どうしたら幸運を掴めるか。誰でもそう思ってるだろう。しかし鈍、つまり粘り強さ。それに根、つまり根気のことだが、これをいわれると、まったく途方に暮れる。ないよりあった方がいいのは決まっている。でも興味のないことに鈍と根はやってられない。勿論、運鈍根に走る人もいるだろう。人それぞれだ。 私が若く、まだ体力がたっぷりあった頃、できるならより高みまでいきたいと思っていた。それが何なのかわからなかったけど、思いだけは大きかった。 金儲けなんて小さい、小さいと思っていた。この世には、金儲けより面白いことがゴマンとある、金は後からついてくるぐらいしか思っていなかった。その考え方は、いまでも変わらないし、正しいと思っている。 金は天下の回り物だ。 私は、バクチをやっても才能がなかった。悔しかった。強くなりたいと思って、バクチに関する本を熟読したこともある。しかし、どういうわけか、私は、すぐに飽きてしまう。執念が足りないのだ。バクチに負けたら首をくくるという状況ならば、死んだ気になってバクチに挑むかもしれないが。 博才がないなら、堅実にいけばいいのに、それもできなかった。中途半端なのだ。金を上手に工面することもできず、貯金、保険などとも無縁だった。 これで世の中渡っていけるのかと、不安に思うこともあったが、私はただの楽天家だった。渡る世間に鬼はなし。どちらかというとこの言葉を信じていたと思う。その結果が今の私だ。 あまり説得力はないが、それでも、若い時は、金儲けもいいけれど、志を高く持っていくべきだと思う。デカクいこうよ。デカクさ。そうすれば、感動や愛やその他モロモロのいいことに巡りあう可能性もデカクなる。 「少年よ大志を抱け!」この言葉、どんなに使い古されても、見向きもされなくなっても、私、結構好きです。 ![]() 金運を呼ぶ黄色い財布なんていかがざんしょ |
| 連載381回 2005年9月9日 九月というのは、文字だけジイーッと眺めていると、「秋だね」という印象があるのだけれど、現実にはちっとも秋ではない。特に前半などは八月よりも暑い日があったりして、「夏だね」と思えたりする。なんだか詐欺みたいな月なのだ。 そんな九月に、これまた詐欺みたいな選挙がもうすぐある。前回の選挙のときと同じく、今回もまた期日前投票に行ってきた。前回行ったときは、私をふくめて三、四人だったのが、今回は行ってビックリ。二十人ぐらいの人が来てんの。受付するのに少し待たされたりして。 こりゃ今回は投票率が上がるゾ。ふつう投票率が上がると野党に有利なはずなんだけど、今回はどうも事前の予想では、小泉自民に有利なようだ。今の日本の状況で、まだ小泉自民に有利というのが信じられない。こりゃ、坂口安吾の「堕落論」じゃないけれど、堕ちるところまでトコトン堕ちなきゃ変わらないのかも。しかし、状況はもうトコトン堕ちていると思うんだけどなあ。まだ堕ちかたが足らないのかしら。 誰がいったか忘れたが、人間、三十過ぎたら習慣しか残らないという。 私がその言葉を知ったのは、二十五、六の頃だった。その時は、「へえ、そんなもんかね」で終わってしまっていた。 私も若いうちはそんなことを、まったく、ぜんぜん、ちっとも、気にしなかった。若いうちは、毎日がアッというまに過ぎていくから、気にしてもしょうがない。 それがですよ、三十になり、気がついたら四十を過ぎ、いつのまにか五十。アッと気づいたら、毎日、毎日、同じことの繰り返しで時が過ぎていく。新しいことを始める気力や体力は、すでになく、まさに習慣だけが大手を振って歩いている。また、この習慣がくせ者なのよ。 良い習慣が身につけばいいけど、私の場合、断然、悪い習慣の方が多い。こんなことをしていてどうする。明日こそは改めようと思うのに、それができない。思えば、物心ついた頃から、ずーっと『明日こそ』を繰り返していたような気がする。 なぜ理想を実行できないのか。つらつら考えるに、どうも時間が守れない。これが最大の原因であると思われる。 時間を守りたいと常々思っている。時間を守れば、一日が規則正しく、てきぱきとリズミカルに過ぎていくだろう。 ところが実際は、なんだかわからないうちに時間がたってしまい、気がついてみるとダラダラとしていたりする。良い習慣。この言葉に憧れる。 銀行マンのような生活(実際はどういう生活か知りませんよ)に憧れる。なんせ歩いているだけでテキパキと音をたてそうじゃない。 私は、いつも正しい方が好きだ。不潔なこと、卑怯なこと、後ろめたいこと、いやしいこと、その全部が嫌いだ! 問題なのは、いつの間にか嫌いなことばかりしていることだ。なぜ、そうなるのか? 不道徳で、怠惰で、不健康な習慣ほど身につきやすいのはどうしてだろう。悪い習慣はなるべくつけないにこしたことはないが、まったくないのがいいのか。それはまた別の問題だ。人間の幅は良い習慣ばかりでは生まれない。絶対そうだ。しかし、悪い習慣ばかりでもね。 ![]() |
| 連載380回 2005年9月2日 やっと「BOOKISH9号 特集/山田稔の本」が出た。本当は5月には出す予定だったのだが、色々とアクシデントがかさなり、遅れに遅れてしまった。一部では「BOOKISHは、もう廃刊になったらしい」と噂まで流れていたとか。まあ、そう言われても仕方のない状況だったんだけど・・・。 とにもかくにも発売にこぎつけました。今号からリニューアルしているのだが、今のところ、まだまだ数は少ないけど評判はイイようでホッとしています。特集は冒頭に書いたように〈山田稔〉。そしてミニ特集が〈長沖一〉。じつに地味だけど、こちらのほうも今のところお蔭様で好意的な反応をいただいている。さて、次号はいつ頃出せるのやら。 先日、ひさしぶりにIサンの家へ遊びに行った。昨年の9月に奥さんを亡くし、以来娘さんと二人暮し。電話ではときどき話していたのだけれど、家へ行くのは本当にひさしぶりだった。だからIサンの顔を見るのも、昨年のお葬式以来ということになる。 一時からみれば、かなり元気になっているようだが、それでも、当り前だが奥さんのことは引きずっていて、なかなか昔どおりにはいかない。 言葉少なく、二人がボッーとテレビを観ていると、テレビでは、サザン・オールスターズの野外ライヴをやっていた。数万人の若者が集まっている。そういえば、サザンの「勝手にシンドバット」を初めて聴いたときは、新鮮なパワーを感じたな、なんてことを思い浮かべていた。何か時代の的にズバッと当たったような、そんな魅力を感じたものだ。 ライヴが始まるやいなや、観客の若者たちは跳びはね、踊りだす。若さがムンムンとして、ジツとしていられない、といった感じだ。私には、その生命力が本当に羨ましいと思った。 ステージのサザンに向かって、大声で叫びながら、踊り続ける若者たち。桑田佳祐が口を開けば、たいして面白くない冗談でも、数万人がキャーと歓声を上げる。ライヴはますます盛り上がる。楽しいだろうな。体が動いてしまうのだろうな。 踊り狂っている若者たちは、日本でいちばん元気な世代なんだろう。いつの頃でもそうだったと思う。この頃の若者たちが、日本でいちばん元気な世代なのだ。理性も冷静さも、ぜーんぶ吹き飛ばし、爆発したように踊りだすのだろう。 そして、その爆発は凄まじいものだ。彼や彼女らは、何があっても、疲れない。あの情熱、体力、絶叫、ヤケクソ、再び情熱・・・。 ひとたび、踊ってしまえば、誰も彼や彼女らを止めることはできない。決して、決して、疲れなーい。絶対そうだ。 てなことを思いながら、中年男のふたりが口数少なくテレビを観ている。年を重ねてくると当然いくつかの死を普通に見ることになる。奥さんを亡くすことはつらいことだけれど、皆、耐えてやっているのだ。しかし、つらいけれど、人間は、意外と平気なもんだ。そうやって生きてきたんだ。ボブ・ディランも歌っている ♪Don’t think twice. It’s all right〜と。さすがに、これは言わなかったけれど、ネ。 ![]() |